60.純白のドレスで
早朝から湯殿で全身を磨き上げられたミサキ様が、ふらふらになりながら僕の用意した果実水で喉を潤している。
毎晩魔王様に深く愛されているミサキ様は、食事量も増え、数ヶ月前に暴行を受けて恐怖に震えていた姿が信じられないくらい、内側から輝いて眩しいほどの美しさだった。
ようやくお披露目の日を迎えられた。アイルーン様始め、準備に駆けずり回っていた文官たちの苦労がやっと報われる。
メイドに全身を揉みほぐされながら、香油を塗られてうっとりとされているミサキ様に、ジフジ様が弾んだ声を掛けた。
「純白のドレスだなんて、ミサキの考えることはやっぱり面白いねぇ」
「だって、結婚式みたいなものなんでしょ?この年になってそんなの恥ずかしいけど、ちゃんと、シュヴァンダルの奥さんとして周知してもらうためなんだから頑張るわ」
僕に肌を見られるのがどうしても恥ずかしいと言い張ったミサキ様のために、私室に衝立が運び込まれ、その奥でメイドたちに身を任せている彼女は幸せそうだ。
「飾りは陛下に選んでもらったんだろう?」
宝飾品の入った箱を開けて眺めながら、ジフジ様が尋ねる。
「だって、宝石なんてあたし、よくわからないもの。価値のわかる彼に選んでもらうのが一番じゃない」
「これなんか、セレスリーアの国宝だよ」
「えっ!?」
「妃殿下、動かないでくださいませ」
ジフジ様が指し示しているのは、大ぶりの紅玉をふんだんに使った首飾りだった。黒い台座に紅玉が花の形にあしらわれ、魔王様とミサキ様の色を混ぜて誂えたような品だ。
同じ紅玉を使った耳飾りも箱に収めてあり、ミサキ様の黒髪と白い肌によく映えるだろう。
「そんな……じゃあとても高価なものなんじゃないの?」
「そりゃあ、セレスリーアの王妃殿下が身につけるんだ。その辺の安物なんか、陛下が贈るはずないだろう?」
全身の肌を整え終わったミサキ様が、肌着姿で衝立の陰から出て来た。肌を見られるのはダメで、肌着姿は平気なのは何故なんだろう。
三人がかりでメイドがミサキ様にドレスを着付けていく。さすがに動きやすさを求めることはなかったけど、嬉しそうに「ウエディングドレスはこんな感じ」と仕立屋に説明するミサキ様の瞳は輝いていた。
他の男に肌を見せることを絶対に許さないという魔王様と、全身覆われるようなドレスでは身動きすらできないというミサキ様の、妥協点を探るのに仕立屋が苦心していた。
ふんわりとした肩口からゆったりと手首まである袖には繊細な刺繍が施され、襟ぐりは鎖骨まで開いている。チラリと覗く白い肌を飾る首飾りが、ゆらゆらと揺れて陽の光で煌めく。
腰は細く絞られ、肩と同じようにふんわりと膨らむスカート部分が踝までを覆っていた。
艷やかな長い黒髪は複雑な形に結い上げられ、ドレスと同じ白い花飾りが散らされている。
満足げなメイドたちの笑顔にお礼を告げて、ミサキ様がこちらを振り返った。
夜空に星を散りばめたような瞳が、黒々と濡れて光っている。
「ミサキ……」
「どうかしら、ジフジちゃん?」
ポリポリと頬を掻いて、ジフジ様が苦笑した。
「ジフジちゃん?」
「賛美の言葉を掛けてやりたいんだけど、自分より先にあんたを褒めたって知ったら、陛下が拗ねそうだねぇ」
あり得る。魔王様は、ミサキ様のこととなると視野が狭まるからな。
「けど、我慢できない。ミサキ、とっても綺麗だ」
真っ直ぐな言葉に目を丸くして、ミサキ様がくすくすと笑った。
「ありがとう。ねぇ、ジフジちゃん」
転ばないように気をつけながら、ゆっくりとミサキ様がジフジ様に歩み寄る。
「何だい?」
「あたしと、友達になってくれてありがとう。ジフジちゃんがいてくれて、本当によかった」
ジフジ様の手をそっと両手で包み、ミサキ様が微笑んだ。
「何もわからない世界で、怖いこともあったけど、ジフジちゃんがいてくれたから、あたし幸せだわ」
「ミサキ……あたしこそ、こんな荒っぽい女と友達になってくれて、嬉しいよ」
ジフジ様の声が震えていた。
「陛下と、ずっとずっと一緒にいて、幸せになるんだよ」
髪型を崩さないように優しく、ジフジ様がミサキ様の頭を撫でた。




