第3話 あなたはどこも違わない。わたしと同じだ。
友が死んだ。ウルクの王ギルガメシュは六日と七夜泣き、死を恐れて野をさまよい、死の水を渡って、遠い岸にたどり着く。
そこに住むのは、神々の集いに立って命を見つけたと語られる人、遠きウトナピシュティム。戦うつもりで来た王の前にいたのは、自分と少しも違わない姿の人だった。
どうやって命を見つけたのか。問われた人は神々の秘密を語りはじめる。葦の垣に向かって告げられた言葉と、一艘の舟のことを。
『ギルガメシュ叙事詩』第十一の書板。旅の果ての岸から、王の町の城壁まで。
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003 ギルガメシュ(三)― 洪水と若返りの草 ― 序文
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「『愛する友は、土になってしまった』。あなた、あの言葉は、この粘土板のどのあたりですか」
この一枚にはございません。そう答えて、わたくしは隣の一枚を妻のほうへ寄せました。
このあとに続くのは、ギルガメシュの名で呼ばれる長い歌の、十一枚目の粘土板。一行目からおしまいの行までです。妻のたずねた言葉は、一枚前の十枚目に刻んであります。
歌は十一枚目よりずっと前から続いております。
ウルクの町の王ギルガメシュに、エンキドゥという友がおりました。どんな危うい所も、ともにくぐり抜けてきた友です。
その友が死にます。
王は六日と七夜泣きつづけ、なきがらを葬らせませんでした。友の鼻から蛆がひとつ落ちるまで。
それから王は死を恐れるようになります。獣の皮をまとって野をさまよい、行く先ざきでこう言うのです。
『愛する友は、土になってしまった。わたしも同じように横たわり、二度と起き上がらないのか』
この『土』の一語が粘土に刻んであります。
はじめてここを読んだ日、わたくしは字を追う指を止めて、板の裏をなでておりました。字の言う土と、指の下の土。くらべて分かったのは、わたくしの指のほうが冷たい、ということだけでございます。それでも、この一語に行き当たるたびに、今も手が板の裏へまわります。
「あなたが裏をなでているあいだ、わたしは数えています。一度、二度、三度。あの人はその言葉を三度言うのです。海辺の酒場のおかみに一度。渡し守に一度。それから、海の向こうの岸にいた人に一度。一語も変えません」
変えません、と言うところで、妻は三本目の指を折ったまま手を止めておりました。板の上でも同じ言葉が三度並んでおります。
「でも、友を亡くした人なら、ほかにもいたでしょう。どうしてこの人は、海の向こうまで行くのですか」
人びとの語る名がひとつありました。
遠きウトナピシュティム。神々の集いに立ち、命を見つけたと語られる人です。王はその人を自分の先祖と呼びます。
そこまでの道は粘土板にして二枚ぶん。
日ののぼる所に双子の山がありました。門を守るのは蠍の姿をした者たち。山のなかは闇で、振り返っても後ろは見えません。抜けた先では、紅い石の木がぶどうの房をさげ、瑠璃の木が葉をしげらせておりました。
海辺には酒場が一軒。おかみは王を遠くから見て、門にかんぬきをかけ、屋根へ上がってしまいます。頬はこけ、顔は霜と日に焼け、身には獣の皮。そういう男がまっすぐ門へ歩いてきたのです。
海の先には死の水。手を触れてはならない水でございます。渡し守ウルシャナビの舟で、王は竿を一本、また一本と取りかえて進みました。竿が尽きると、衣を脱いで両の腕に広げ、帆にします。
その舟を岸から見ている人がおりました。遠き人です。
十枚目の終わりで、遠き人は王に死のことを語りました。人は葦原の葦のように折られる。死の顔を見た者はいない。神々は死と生とを定めたが、死の日は明かさなかった。
十一枚目は、それを聞いた王の返事からはじまります。
この一枚には欠けて読めない行がございます。一行まるごと無い所も。そこに何が刻んであったのかは、わたくしにも読めません。
「数えていると、欠けた所にも同じ言葉が聞こえてくるのです。字の残る同じ句や別の写しから、学者の方々が戻した言葉です。わたしもそれはそのまま入れておきました。どこなのかは巻末に」
板の字はわたくしが今の言葉に直しました。はじめの行で、王は遠き人の前に立っております。




