↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/22

第3話 あなたはどこも違わない。わたしと同じだ。

 友が死んだ。ウルクの王ギルガメシュは六日と七夜泣き、死を恐れて野をさまよい、死の水を渡って、遠い岸にたどり着く。

 そこに住むのは、神々の集いに立って命を見つけたと語られる人、遠きウトナピシュティム。戦うつもりで来た王の前にいたのは、自分と少しも違わない姿の人だった。

 どうやって命を見つけたのか。問われた人は神々の秘密を語りはじめる。葦(あし)の垣に向かって告げられた言葉と、一艘(いっそう)の舟のことを。

『ギルガメシュ叙事詩』第十一の書板。旅の果ての岸から、王の町の城壁まで。


━━━━━━━━━━━━━━━━

003 ギルガメシュ(三)― 洪水と若返りの草 ― 序文

━━━━━━━━━━━━━━━━


「『愛する友は、土になってしまった』。あなた、あの言葉は、この粘土板のどのあたりですか」


 この一枚にはございません。そう答えて、わたくしは隣の一枚を妻のほうへ寄せました。


 このあとに続くのは、ギルガメシュの名で呼ばれる長い歌の、十一枚目の粘土板。一行目からおしまいの行までです。妻のたずねた言葉は、一枚前の十枚目に刻んであります。


 歌は十一枚目よりずっと前から続いております。


 ウルクの町の王ギルガメシュに、エンキドゥという友がおりました。どんな危うい所も、ともにくぐり抜けてきた友です。


 その友が死にます。


 王は六日と七夜泣きつづけ、なきがらを葬らせませんでした。友の鼻から蛆(うじ)がひとつ落ちるまで。


 それから王は死を恐れるようになります。獣の皮をまとって野をさまよい、行く先ざきでこう言うのです。


『愛する友は、土になってしまった。わたしも同じように横たわり、二度と起き上がらないのか』


 この『土』の一語が粘土に刻んであります。


 はじめてここを読んだ日、わたくしは字を追う指を止めて、板の裏をなでておりました。字の言う土と、指の下の土。くらべて分かったのは、わたくしの指のほうが冷たい、ということだけでございます。それでも、この一語に行き当たるたびに、今も手が板の裏へまわります。


「あなたが裏をなでているあいだ、わたしは数えています。一度、二度、三度。あの人はその言葉を三度言うのです。海辺の酒場のおかみに一度。渡し守に一度。それから、海の向こうの岸にいた人に一度。一語も変えません」


 変えません、と言うところで、妻は三本目の指を折ったまま手を止めておりました。板の上でも同じ言葉が三度並んでおります。


「でも、友を亡くした人なら、ほかにもいたでしょう。どうしてこの人は、海の向こうまで行くのですか」


 人びとの語る名がひとつありました。


 遠きウトナピシュティム。神々の集いに立ち、命を見つけたと語られる人です。王はその人を自分の先祖と呼びます。


 そこまでの道は粘土板にして二枚ぶん。


 日ののぼる所に双子の山がありました。門を守るのは蠍(さそり)の姿をした者たち。山のなかは闇で、振り返っても後ろは見えません。抜けた先では、紅い石の木がぶどうの房をさげ、瑠璃の木が葉をしげらせておりました。


 海辺には酒場が一軒。おかみは王を遠くから見て、門にかんぬきをかけ、屋根へ上がってしまいます。頬はこけ、顔は霜と日に焼け、身には獣の皮。そういう男がまっすぐ門へ歩いてきたのです。


 海の先には死の水。手を触れてはならない水でございます。渡し守ウルシャナビの舟で、王は竿(さお)を一本、また一本と取りかえて進みました。竿が尽きると、衣を脱いで両の腕に広げ、帆にします。


 その舟を岸から見ている人がおりました。遠き人です。


 十枚目の終わりで、遠き人は王に死のことを語りました。人は葦原(あしはら)の葦のように折られる。死の顔を見た者はいない。神々は死と生とを定めたが、死の日は明かさなかった。


 十一枚目は、それを聞いた王の返事からはじまります。


 この一枚には欠けて読めない行がございます。一行まるごと無い所も。そこに何が刻んであったのかは、わたくしにも読めません。


「数えていると、欠けた所にも同じ言葉が聞こえてくるのです。字の残る同じ句や別の写しから、学者の方々が戻した言葉です。わたしもそれはそのまま入れておきました。どこなのかは巻末に」


 板の字はわたくしが今の言葉に直しました。はじめの行で、王は遠き人の前に立っております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。