第3話 ギルガメシュ(三)― 洪水と若返りの草 ―
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003 ギルガメシュ(三)― 洪水と若返りの草 ― 本文
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【原典】 メソポタミア(バビロニア)/標準版 紀元前 12 世紀頃以降
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ギルガメシュは彼に、遠きウトナピシュティムに言った。
「こうして見ていると、ウトナピシュティムよ、あなたの姿は少しも違わない。わたしと同じだ。あなたはどこも違わない。わたしと同じだ。
あなたと戦うつもりで、わたしの心は固まっていた。……あなたの前で、わたしの手は止まっている。
あなたはどうやって神々の集いに立ち、命を見つけたのか」
ウトナピシュティムは彼に、ギルガメシュに答えた。
「隠されたことを、ギルガメシュよ、おまえに明かそう。神々の秘密を、おまえに語ろう」
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■葦の垣
シュルッパク。おまえもよく知っている町だ。……ユーフラテスの……にある。
あの町は古く、神々がそのなかにいた。その大いなる神々が、洪水を起こそうと心に決めた。
神々の父アヌが誓いを立てた。神々の助言者、勇士エンリルも誓った。侍従ニヌルタも、水路を見まわる神も誓った。
君主エアも、ともに誓わされていた。
ところがエアは、神々の言葉を葦の垣に向かって繰り返した。
「葦の垣よ、葦の垣よ。壁よ、壁よ。
聞け、葦の垣。心にとめよ、壁。
シュルッパクの人、ウバル・トゥトゥの子よ。家を壊し、舟を造れ。
富を捨てて、命を求めよ。財をさげすみ、命を救え。
生きものすべての種を舟に乗せよ。
おまえの造るその舟は寸法をそろえよ。幅と長さを同じにせよ。地の下の淵アプスーのように屋根をかけよ」
わたしは悟った。そして主エアに言った。
「主よ、仰せのとおりに承りました。心にとめました。いたします。けれども町には、民には、長老たちには、何と答えればよいのでしょう」
エアは口を開いて言った。しもべのわたしにこう告げた。
「ならば、おまえはこう言うがよい。
『どうやらエンリルがわたしを憎んでおられる。もうあなたがたの町には住めない。エンリルの地に足を置くこともできない。わたしはアプスーへ下り、主エアのもとで暮らす。
あの方はあなたがたに、豊かさを降らせてくださる。……鳥を、魚の隠れた宝を。……刈り入れどきの富を。
朝には焼き菓子を。夕べには小麦の雨を、あなたがたに降らせてくださる』」
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■舟
夜明けの最初の光とともに、国じゅうの人が、並はずれて賢い者の門に、わたしの門に集まってきた。
大工は斧をたずさえ、葦細工師は石をたずさえてきた。重い斧を……。若者たちは……。
老人たちは棕櫚の縄を担いできた。富む者は舟に塗る瀝青を運び、貧しい者は……要るものを運んできた。
五日目にわたしは舟の外の形を据えた。
広さは畑の測りで一イクー。壁の高さはどれも十測り竿(約6.1m/測り竿)、屋根の縁もどれも十測り竿。
胴を据え、図を引いた。甲板を六つ張り、舟を七つに分け、その内を九つに仕切った。水止めの栓を胴のまんなかに打ちこんだ。舟を押す竿を見つくろい、要るものを積んだ。
瀝青は三シャル、数にして三千六百の三倍を炉に注いだ。生の瀝青も三シャル、そこへ入れた。
籠を担ぐ人足たちが運んだ油も三シャル。そのほかに供えの注ぎに使った油が一シャル。船大工がしまいこんだ油が二シャル。
牛は数えきれないほどほふった。羊は日ごとにほふった。
ビールも、強い酒も、油も、ぶどう酒も、わたしは川の水のように職人たちにふるまった。人々は新年の祭りの日々のように祝った。
日の出にわたしは油塗りに手をつけた。日の沈む前に舟はできあがった。
……は、ひどく難しかった。わたしたちは丸太を後ろから前へ運びつづけた。……その三分の二が進んだ。
持てるものをすべて、わたしは舟に積んだ。
持てる銀をすべて積んだ。持てる金をすべて積んだ。持てる生きものの種を、ひとつ残らずすべて積んだ。
親族も身内もみな舟に上がらせた。野の家畜を、野の獣を、あらゆる技の職人たちを、みな上がらせた。
太陽の神がわたしに刻限を定めていた。
「朝には焼き菓子を、夕べには小麦の雨を、あの方が降らせる。そのとき舟に入り、戸をふさげ」
その刻限が来た。わたしは言った。
「朝には焼き菓子を、夕べには小麦の雨を、あの方は降らせてくださる」
わたしは空のようすを見た。空は見るも恐ろしかった。
わたしは舟に入り、戸をふさいだ。
舟をふさいでくれた男に、船大工に、わたしは宮殿を与えた。なかの財もそっくり添えて。
* * *
■洪水
夜明けの最初の光とともに、地平から黒い雲がのぼってきた。
その雲のなかで、嵐の神がごうごうと吠えつづけていた。
二柱の神が先に立ち、玉座担ぎとなって、山を、国を渡っていく。疫病といくさの神が、舟つなぎの杭を引き抜いていく。ニヌルタが行き、堰という堰をあふれさせる。
アヌンナキの神々は松明をかかげ、その輝きで国を燃え立たせた。
嵐の神の静まりかえった沈黙が空を渡った。明るいものはみな闇に変わった。
(つづく四行は、ところどころ粘土板が欠けている)
……は雄牛のように国へ突きかかり、……打ち砕いた。
一日のあいだ、嵐が、洪水が……。
速く吹きつけ、……。
戦いのように、……が人々の上を過ぎていった。
人は隣にいる人が見えなかった。滅びのなかで、人と人とは見分けがつかなかった。
神々でさえ、この洪水を恐れた。
退いてアヌの天へのぼっていった。神々は犬のように身をまるめ、外にうずくまっていた。
女神が叫んだ。産みの女のように叫んだ。声うるわしい神々の女主人が、声をあげて泣いた。
「昔の日々はまことに土に還ってしまった。わたしが神々の集いで悪しきことを口にしたからだ。
どうしてわたしは神々の集いで悪しきことを口にしたのか。わたしの民を滅ぼすいくさを、どうして言い立てたのか。
産んだのはこのわたし。あれはわたしの民なのに。
いまは魚の子のように海を満たしている」
アヌンナキの神々は彼女とともに泣いた。悲しみに顔を濡らして、泣いた……。その唇は乾ききり、熱に焼かれていた。
六日と七夜、風は吹き、洪水と嵐は国をなぎ倒しつづけた。
七日目が来ると、嵐はゆるみ、洪水は……。
産みの苦しみの女のように戦っていた海が、静まった。暴風は凪ぎ、洪水は終わった。
* * *
■窓
わたしは空を見た。静けさが降りていた。
人はみな、土に還っていた。
川べりの野は屋根のように平らだった。
わたしは風抜きの窓を開けた。日の光が頬に落ちた。
わたしは膝を折り、座って泣いた。涙が頬を伝って流れた。
* * *
■鳥
岸を、海の果てを、わたしは見わたした。十四の所に陸があらわれていた。
舟はニムシュの山に乗り上げた。
ニムシュの山は舟をつかみ、動かさなかった。
一日、二日、ニムシュの山は舟をつかみ、動かさなかった。
三日、四日、ニムシュの山は舟をつかみ、動かさなかった。
五日、六日、ニムシュの山は舟をつかみ、動かさなかった。
七日目が来た。
わたしは鳩を出して放った。鳩は行った。けれども、とまる所は見つからず、わたしのもとへ戻ってきた。
わたしは燕を出して放った。燕は行った。けれども、とまる所は見つからず、わたしのもとへ戻ってきた。
わたしは烏を出して放った。烏は行き、水の引いていくのを見た。
食べ、地をかき、ついばんだ。
烏は、戻ってこなかった。
* * *
■香
わたしは供え物を取り出し、四方の風へささげた。山の頂に香をまいた。
器を七つ、また七つ据え、その下に香る葦と、杉と、ミルトスの枝を積みあげた。
神々は香りをかいだ。神々はよい香りをかいだ。
神々は蠅のように、供える者のまわりに集まってきた。
神々の女主人は着くなり、大きな蠅を高くかかげた。アヌが言い寄ったときにこしらえた、あの蠅だ。
「神々よ、この蠅を、わたしの首の青い瑠璃の玉としよう。この日々を思い出すために。とこしえに忘れぬために。
神々は来られよ、香のもとへ。
エンリルは来られるな、香のもとへ。
あの方は考えもなく洪水を起こし、わたしの民を滅びにわたした」
エンリルは着くなり、舟を見て怒った。天の神々への怒りがその身に満ちた。
「どこから、この生きものは逃れ出たのか。滅びのなかで誰ひとり生き残ってはならぬ」
ニヌルタが口を開いて言った。勇士エンリルにこう告げた。
「エアのほかに誰が、このようなことを仕組めましょう。あらゆる業を知るのはエアひとりです」
エアが口を開いて言った。勇士エンリルにこう告げた。
「神々の賢者、勇士であるあなたが、どうして考えもなく洪水を起こしたのか。
罪ある者にその罪を負わせよ。咎ある者にその咎を負わせよ。
ゆるめよ、切れぬように。引け、たるまぬように。
洪水を起こすかわりに、獅子が立って人を減らせばよい。
洪水を起こすかわりに、狼が立って人を減らせばよい。
洪水を起こすかわりに、飢饉が起こって国を打てばよい。
洪水を起こすかわりに、疫病といくさの神が立って国を打てばよい。
わたしは、大いなる神々の秘密を明かしてはいない。並はずれて賢い者に夢を見せた。それであの者が神々の秘密を聞いたのだ。
さあ、あの者をどうするか、考えるがよい」
エンリルが舟に上がってきた。
わたしの両手を取り、わたしを連れ出した。妻も連れ出し、わたしの横にひざまずかせた。
わたしの額に、妻の額に、ひたと触れた。そして二人のあいだに立ち、わたしたちを祝福した。
「これまでウトナピシュティムは、人であった。いまウトナピシュティムとその妻は、われら神々のようになれ。ウトナピシュティムは遠く、川々の口に住め」
神々はわたしを連れていき、遠く、川々の口に住まわせた。
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■六日と七夜
ウトナピシュティムは言葉を継いだ。
「だがいま、おまえのためには、誰が神々を集めてくれよう。おまえの探している命を、おまえが見つけられるように。
さあ、六日と七夜、眠らずにいてみよ」
ギルガメシュが腰を落として座るやいなや、眠りが霧のように吹きかかった。
ウトナピシュティムは彼女に、妻に言った。
「見よ、命を求めたこの若者を。眠りが霧のように吹きかかっている」
妻は彼に、遠きウトナピシュティムに言った。
「触れて、この人を起こしてあげてください。来た道を無事に帰っていけるように。出てきた門を通って、自分の国へ帰れるように」
ウトナピシュティムは彼女に、妻に答えた。
「人は偽るものだ。おまえをも偽るだろう。さあ、日ごとのパンを焼いて、この男の頭のそばに並べていけ。眠った日の数を壁に印していけ」
妻は日ごとのパンを焼き、頭のそばに並べていった。眠った日の数を壁に印していった。
一つ目のパンは乾ききった。
二つ目は革のように硬くなり、三つ目は湿った。
四つ目は白くなり、五つ目はかびの斑を出した。
六つ目は焼きたてだった。
七つ目が炭火の上にあるとき、ウトナピシュティムが触れ、その人は目を覚ました。
ギルガメシュは彼に、遠きウトナピシュティムに言った。
「眠りがわたしにこぼれかかった、そのとたんに、あなたはもう触れて、わたしを起こした」
ウトナピシュティムは彼に、ギルガメシュに告げた。
「……ギルガメシュ、おまえのパンを数えてみよ。眠った……が、おまえに分かるように。
一つ目のパンは乾ききった。
二つ目は革のように硬くなり、三つ目は湿った。
四つ目は白くなり、五つ目はかびの斑を出した。六つ目は焼きたてだ。
七つ目が炭火の上にあるとき、おまえは目を覚ました」
ギルガメシュは彼に、遠きウトナピシュティムに言った。
「どうすればよいのだ、ウトナピシュティムよ。わたしはどこへ行けばよい。
奪い去る者がわたしの……をつかんでいる。
わたしの寝間には死がすわっている。
どこへ……を向けても、そこにも、死がいる」
* * *
■洗い場
ウトナピシュティムは彼に、渡し守ウルシャナビに言った。
「ウルシャナビよ。船着き場がおまえを拒み、渡しがおまえを嫌うように。この岸を歩いてきたおまえは、この岸を失え。
おまえが連れてきた男は、体じゅうをもつれた毛におおわれている。獣の皮がその肉の美しさを損なっている。
連れていけ、ウルシャナビ。洗い場へ連れていけ。
もつれた髪を、水でこのうえなく清く洗わせよ。獣の皮を脱ぎ捨てさせ、海に運び去らせよ。美しい体を水にひたせ。
頭の布を新しくせよ。王の衣を、その威にふさわしい装いを着せよ。
自分の町に帰り着くまで、道の果てに行き着くまで、衣にしみがつかず、新しいままであるように」
ウルシャナビは彼を連れて、洗い場へ行った。
ギルガメシュはもつれた髪を、水でこのうえなく清く洗った。獣の皮を脱ぎ捨て、海がそれを運び去った。美しい体は水にひたされた。
頭の布は新しくなった。王の衣を、その威にふさわしい装いを、彼は着た。
自分の町に帰り着くまで、道の果てに行き着くまで、衣にしみがつかず、新しいままであるように、と。
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■草
ギルガメシュとウルシャナビは舟に乗った。舟を水に出し、二人で漕ぎだした。
妻は彼に、遠きウトナピシュティムにたずねた。
「ギルガメシュはここまで来て、苦しみ、力を尽くしました。国へ帰るあの人に、あなたは何を与えたのですか」
するとギルガメシュは竿を上げ、舟を岸へ寄せた。
ウトナピシュティムは彼に、ギルガメシュに語りかけた。
「ギルガメシュよ、おまえはここまで来て、苦しみ、力を尽くした。国へ帰るおまえに、わたしは何を与えただろう。
隠されたことを、ギルガメシュよ、おまえに明かそう。神々の秘密を、おまえに語ろう。
それは草だ。……は茨に似ている。棘は野ばらのようで、……を刺すだろう。
その草をおまえの手がつかめたなら――」
(つづく一行は粘土板が欠けている)
これを聞くと、ギルガメシュは水路を開いた……。
重い石を結びつけた……。
石は彼をアプスーへ引きずりおろした……。
彼は草をつかんだ。引き抜いて……。
重い石を切り離した……。
海は彼をその岸に打ち上げた。
ギルガメシュは彼に、渡し守ウルシャナビに言った。
「ウルシャナビよ、この草はシャンム・ニキッティ、胸の鼓動の草だ。これで人は命の力を取り戻す。
わたしはこれを、羊の囲いの町ウルクへ持って帰る。年寄りに食べさせて、草を試してみよう。
年寄りが若返ったなら、わたしも食べて、若いころのわたしに戻ろう」
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■蛇
二十ベール(約11km/ベール)の所で二人はパンをちぎった。三十ベールの所で夜の宿りをした。
ギルガメシュは水の冷たい泉を見つけた。下りていって、水を浴びた。
一匹の蛇が草の香りをかぎつけた。
……上がってきて、草をさらっていった。
引き返すとき、蛇は皮を脱ぎ捨てた。
そのとき、ギルガメシュは座って泣いた。涙が頬を伝って流れた。
……渡し守ウルシャナビに言った。
「誰のために、ウルシャナビよ、わたしの腕は疲れはてたのか。誰のために、わたしの心臓の血は涸れたのか。
自分のためには何の恵みも得なかった。大地の獅子に恵みをほどこしてやったのだ。
いまや二十ベールの道のりを、潮が満ちてきている。水路を開いたとき、わたしは道具をその場に置いてきた。目印になるものが何か見つかるだろうか。
舟を岸に残して、引き返していればよかった」
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■城壁
二十ベールの所で二人はパンをちぎった。三十ベールの所で夜の宿りをした。
二人は羊の囲いの町ウルクに着いた。
ギルガメシュは彼に、渡し守ウルシャナビに言った。
「上がれ、ウルシャナビよ。ウルクの城壁の上へ上がって、歩きまわれ。
礎を調べよ。煉瓦をあらためよ。
その煉瓦は焼いた煉瓦ではないか。その礎は七人の賢者が据えたのではないか。
一シャルは町。一シャルはなつめやしの園。一シャルは粘土の採り場。半シャルは女神イシュタルの神殿。
三シャル半。それがウルクの広さだ」




