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第2話 難破した水夫

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002 難破した水夫 ― 本文

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【原典】 エジプト(中王国)/紀元前 20〜19 世紀頃のパピルス


    * * *


 利口な従者が言った。


 長官、どうかお心を安らかに。ごらんください、わたしたちは都に着きました。


 槌は取られ、もやいの杭は打たれ、舳先の綱は陸へ投げられました。讃(たた)えがささげられ、神に感謝がささげられ、だれもが隣の者と抱き合っています。


 船の者たちは無事に戻りました。わたしたちの隊に欠けた者はおりません。


 わたしたちはワワトの果てに着き、センムトの地を過ぎ、いまこうして無事に帰ってきたのです。わたしたちの国。そこへ、着いたのです。


 聞いてください、長官。わたしは大げさを言いません。


 身を洗い、指に水を注いでください。そうすれば、問いかけられたときに答えられます。王には、心を手もとに置いて、落ち着いて話すのです。口ごもらずに答えるのです。


 人の口は、その人を救います。その言葉ひとつで、相手は顔をおおい、見逃してくれるものです。


 ですが、お心のままになさいませ。あなたに話すのは骨が折れます。


 では、似たことを話しましょう。わたし自身の身に起きたことです。


    * * *


 わたしは王の鉱山へ向かい、大いなる緑の海へ下りました。


 船の長さは、ひじから指先までの腕尺で百二十。幅は四十。乗っていたのは、エジプトの選り抜きの水夫、百二十人です。


 空を見ても、陸を見ても、水夫たちの心は獅子(しし)よりも猛いものでした。大風は来る前に、嵐は起こる前に、告げることができたのです。


 大風が起こったのは、わたしたちがまだ海の上にいて、陸に着く前のことです。


 風は立ち、また立ち、その中に八腕尺の波があります。


 帆柱が、わたしのためにその波を打ち砕きました。


 すると、船は死にました。乗っていた者は、一人も残らなかったのです。


    * * *


 すると、海の波がわたしを島へ打ち上げました。


 わたしは三日を独りで過ごしました。連れは、自分の心だけです。木の隠れ場の中で眠り、影を抱いていました。


 それから足を伸ばし、口に入れるものを探しに出ました。


 いちじくがあり、ぶどうがあり、良い野菜は何でもあります。エジプトいちじくの木には若い実も熟れた実もなり、瓜(うり)はだれかが育てたかのようでした。魚もいれば、鳥もいます。


 その島に、ないものはないのでした。


 わたしは腹いっぱいに食べ、腕に余ったぶんは地に置きました。火きりの棒を取って火を起こし、神々に焼いて供えたのです。


 すると、雷の音が聞こえました。


 海の波だ、と思いました。


 木々がばりばりと砕け、地がぐらぐらと揺れます。


 わたしはおおっていた顔をあらわにしました。


 来るのは、蛇だった。


 長さは三十腕尺。髭(ひげ)は二腕尺を越える。体は金におおわれ、眉は本物の瑠璃。


 蛇は前へ身をもたげていました。


    * * *


 蛇がわたしに向かって口を開きました。わたしは蛇の前に腹ばいになっています。


 蛇は言いました。


「誰がおまえを連れてきた。誰がおまえを連れてきた、小さき者よ。誰がおまえを連れてきた」


「この島へ誰が連れてきたのか、言うのが遅れれば、おまえに思い知らせてやる。おまえは灰になったのだと。誰の目にも見えないものになったのだと」


 わたしは言いました。


「あなたはわたしに話しておられます。けれどわたしには、それが聞こえません。あなたの前にいながら、自分が分からないのです」


 すると蛇はわたしを口にくわえ、すみかへ運んで、傷ひとつ付けずに下ろしたのです。わたしは無事でした。体のどこも損なわれていません。


 蛇はまた、わたしに向かって口を開きました。わたしはまた、蛇の前に腹ばいになっています。


 すると蛇はわたしに言いました。


「誰がおまえを連れてきた。誰がおまえを連れてきた、小さき者よ。海の中の、両側が水であるこの島へ、誰がおまえを連れてきた」


 そこでわたしは、蛇の前に腕を曲げて、こう答えました。


「わたしは王の使いで鉱山へ下るところでした。船の長さは百二十腕尺、幅は四十腕尺。乗っていたのは、エジプトの選り抜きの水夫、百二十人です」


 空を見ても陸を見ても獅子より猛い心のこと、大風も嵐も来る前に告げたことを、わたしは同じ言葉で語りました。そして、こう言い足したのです。


「一人ひとりが、隣の者よりも心猛く、腕も強かったのです。愚か者は一人もおりませんでした」


 海の上で、陸に着く前に起こった大風のこと、立ってはまた立つ風と、八腕尺の波と、帆柱のことも、同じ言葉で語りました。そして、こう結びました。


「船は死にました。乗っていた者は、わたしのほか一人も残りませんでした。そのわたしが、いまあなたのそばにおります。海の波がわたしをこの島へ連れてきたのです」


    * * *


 蛇はわたしに言いました。


「恐れるな、恐れるな、小さき者よ。顔を青ざめさせるな。おまえは、わたしのもとへ着いたのだ」


「見よ。神がおまえを生かし、このカーの島へ連れてきた。この島に、ないものはない。あらゆる良いものに満ちている」


「おまえは月また月と過ごし、この島で四か月を満たす。すると、都から船が来る。乗っているのは、おまえの知っている水夫たちだ。おまえは彼らとともに都へ帰り、おまえの町で死ぬ」


 蛇は言葉を継ぎました。


「味わったことを語れる者は、なんと幸いなことか。つらいことが過ぎ去ったあとで」


「では、似たことをおまえに話そう。この島で起きたことだ」


「わたしはこの島に兄弟たちといた。子らもその中にいた。わたしの子らと兄弟たちと、合わせて七十五の蛇だった」


「祈って授かった小さな娘のことは、おまえには語るまい」


「そこへ、星が落ちた」


「みなはその火で燃え上がった。わたしがともにいないときに、それは起きた。みなが焼けたとき、わたしはその中にいなかった」


「わたしは彼らのために死んだ。一つの屍(しかばね)の山になった彼らを見つけたときに」


「おまえに勇気があり、心を強く持つなら、おまえは子らを腕いっぱいに抱き、妻に口づけし、おまえの家を見る。それは何よりも良い」


「おまえは都に着き、兄弟たちの中で暮らすのだ」


    * * *


 わたしは腹ばいになって身を伸ばし、蛇の前の地に触れました。そして言いました。


「あなたの力を王に語ります。あなたの大きさを王に知らせます」


「樹脂の香を、ヘケヌの油を、イウデネブの香を、ケサイトの香料を、あなたのもとへ運ばせます。神殿の香も運ばせます。どの神もその香を喜ぶのです」


「わたしの身に起きたことを語ります。この目で見た、あなたの力を語ります。町では、国じゅうの役人たちの前で、あなたのために神に感謝がささげられるでしょう」


「あなたのために牡牛(おうし)を屠(ほふ)って焼いて供え、鳥の首をひねります。エジプトのあらゆる宝を積んだ船を、あなたのもとへ来させます。人の知らない遠い国にいて、人を愛する神には、そうするものです」


 すると蛇はわたしを笑いました。わたしの言ったことが、蛇の心には愚かに思えたのです。


 蛇は言いました。


「おまえのところに、没薬(もつやく)は多くない。ほかの香が何でもあるわけでもない。だが、わたしはプントを治める者だ。没薬はわたしのものだ」


「おまえが運ばせると言ったあのヘケヌは、この島にこそ多い」


「そして、おまえがこの場所を離れたなら、二度とこの島を見ることはない。島は、水になっている」


    * * *


 あの船が来ました。蛇が前もって告げたとおりに。


 わたしは行って高い木に登り、乗っている者たちを見分けました。


 それを知らせに行くと、蛇はもう知っていたのです。


 すると蛇はわたしに言いました。


「達者で、達者で、小さき者よ。おまえの家へ帰り、子らを見るがいい。おまえの町で、わたしの名を良いものにせよ。それが、わたしがおまえから受け取る分だ」


 わたしは腹ばいになり、蛇の前に腕を曲げました。


 すると蛇は積み荷をくれたのです。


 没薬、ヘケヌの油、イウデネブの香、ケサイトの香料。香木、香草、目に塗る黒い墨。きりんの尾、香の大きな塊、象牙。猟犬、尾長ざる、ひひ。それに、あらゆる良い宝。


 わたしはそれを船に積みこみ、腹ばいになって、蛇のために神に感謝をささげました。


 すると蛇はわたしに言いました。


「おまえは二か月で都に着く。子らを腕いっぱいに抱き、都で若返り、そして葬られる」


 わたしは岸へ下り、船のそばから、船にいる隊の者たちに呼びかけました。そして岸の上で、この島のあるじを讃えたのです。船の者たちも同じようにしました。


    * * *


 わたしたちは北へ、王の都へと船を進めました。二か月で、都に着いたのです。蛇の言ったことは何もかもそのとおりでした。


 わたしは王の前に進み、あの島から持ち帰った貢ぎ物をささげました。すると王は、国じゅうの役人たちの前で、わたしのために神に感謝をささげてくださったのです。


 わたしは従者に取り立てられ、王のしもべたちを授かりました。


    * * *


 わたしを見てください。陸に着いたあとの、味わったことをこの目で見たあとの、このわたしを。


 わたしの言うことを聞いてください。人の言うことを聞くのは、良いことです。


 すると長官はわたしに言いました。


「利口ぶるな、友よ。朝には屠られるがちょうに、夜明けに水をやる者がどこにいる」


    * * *


 これは、始めから終わりまで、書きものに見いだされたとおりに写したものである。


 書いたのは、指の利口な書記、アメニの子アメンアア。生きて、栄えて、健やかであれ。


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