第2話 誰がおまえを連れてきた、小さき者よ。
およそ四千年前のエジプト。都に着いた船で、従者が長官に身の上を語りだす。
王の鉱山へ向かった船は嵐に沈み、選り抜きの水夫百二十人は一人も残らなかった。
波に打ち上げられた島には、いちじく、ぶどう、魚に鳥。ないものはない。そこへ、雷の音。
巻物ひとつだけが伝えた、話のなかの、そのまたなかの話。
━━━━━━━━━━━━━━━━
002 難破した水夫 ― 序文
━━━━━━━━━━━━━━━━
「エジプトの古い言葉では、『香』と口にすると、そのなかで『神』が鳴りますね」
鳴る、と妻は申します。わたくしの目に見えるのは、『神』の一語の頭に、音を一つ足した形。
今からお読みいただくのは、エジプトの巻物ひとつ、そのはじめの行から終わりの行まででございます。
話は、船が都の岸に着いたところから始まります。槌で杭が打たれ、舳先の綱が陸へ投げられる。南の地ワワトの果てまで行き、一人も欠けずに戻った船です。
その場で従者が長官に語りかけます。むかし自分の乗った船が、海で沈んだときのことを。巻物のほとんどは、この従者ひとりの声でございます。
「船が沈むお話でしょう。どうして、香なのですか」
嵐は巻物の上では七行で過ぎてしまいます。後ろ寄りには香と油の名が一つずつ、五つ。五つめが『神殿の香』で、巻物はすぐ続けて、どの神もそれを喜ぶ、と書きます。
香の一語の、すぐそばに神の一語。
打ち明けますと、わたくしは長いこと、ここを目だけで読んでおりました。妻に言われてから巻物をはじめへ戻し、香が出てくるたびに、小さく声に出してみたのです。
鳴りました。何度読んだか知れない巻物に、今ごろ教わっております。
「鳴るのは前から鳴っていました。わたしの耳に残っているのは、そのまわりの名です。ヘケヌ、イウデネブ、ケサイト。二度出てきて、二度とも同じ順でした」
三つとも、何の香を指す名なのか、今も読みが定まりません。名だけが順を守って残っております。
今の言葉に書き起こしたのは、わたくしでございます。船が岸に着くところから、お読みください。




