第4話 あとがき
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004 ヤマとヤミー ― あとがき
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八つ目の節で、車輪は投げ返されました。
ヤマはヤミーの言葉を拾って返します。車輪には車輪。体と体を交わらせて、と言われれば、同じ言葉に否を添えて。おしまいの節では、木をつる草が巻くように、の一行をそっくり返しました。もとの言葉では一語も違いません。
返さなかったものがひとつだけございます。つる草と並べて投げられた、腹帯のたとえです。
「腹帯が出てくるのは十三番目の節でしたね。わたしの息が止まるのはその節のはじめです。この歌は一行を十一の音で歌うのが決まりです。あそこは七つで切れます。同じ短い言葉を二度言って、名前を呼んで、それきり」
それきり、と妻は申します。もとの歌が七つの音で切った行を、妻はその四つの音で切ってみせました。妻の言う短い言葉、『情けない』のもとの語は、この歌の集まりのほかのどこにも出てまいりません。嘆きの声なのか、ののしりなのか。読む人の見立てはいまも割れております。
わたくしの手が止まるのはもっと前。もとの言葉で、四つ目の節のいちばん終わりに来る一語です。
この歌の言葉には、ちょうど二人だけを指す形がございます。ひとりでも、大勢でもない形。はじめの三つの節で二人はそれを使いません。一つ目の節のヤミーは相手を『友』『あの人』と、よその人のように言います。
四つ目の節の終わりで、はじめてその形が出ます。口にしたのは拒んでいるヤマでした。次の節でヤミーは同じ形を二度使います。
今の言葉には二人だけを指す形がありません。わたくしは『二人』の二字を書き添えました。
「それで、十四番目のあとです。ヤミーは何と返したのでしょう」
分かりません。歌は十四番目の節で終わり、返事は一語も伝わっておりません。同じ巻の三つ先の歌の一行を証に、ヤマはしまいには折れたのだ、と読む人もおります。
わたくしは、行き止まりを行き止まりのまま歌った歌だと考えております。おしまいの節のヤマは、ヤミーのつる草を借りるばかりで、新しいたとえをひとつも出しません。
「その行き止まりを、わたしなら言いさしと言います。呼び方が変わっていきます。『みだらな女』が二度。『幸いな女』が二度。おしまいは名前です。それに、望まない、と言うとき、あの人は『わたし』と言いません。望まないのは『おまえの友』で『おまえの兄』です」
妻は変わっていった呼び名を挙げ、わたくしは変わらなかった一行を挙げております。
ヤミーはヤマを、ただひとりの死ぬ定めの者、と呼びました。そのヤマが、のちに、はじめて死んだ者になります。どの道を通り、どこの王になったのか。
そのお話は、いずれまた。




