第4話 守ってくれる者がいないのなら、兄とは何。
世界にまだ、死ぬ定めの者がただひとりしかいなかったころ。
双子の妹が兄に迫る。夫として、妻の体に入りなさい。不死の者たちこそ、それを望んでいるのだから。
兄は答える。神々の見張りは、立ち止まることも、まぶたを閉じることもない。
語り手はいない。あるのは代わるがわるに響く二つの声だけ。二人の言葉は、どこへ行き着くのか。
リグ・ヴェーダ第十巻第十歌。三千年あまり前のインドに生まれ、長く声だけで伝えられてきた、十四節の言い合いの歌。
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004 ヤマとヤミー ― 序文
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『戦車の両の車輪のように』。これからお目にかける歌の、短い一句です。戦車と申しましても遠い昔の車で、車輪は二つでございます。
「二度、聞こえます。はじめは女の声で、次は男の声で」
妻が言い添えました。
お読みいただくのは、インドの古い歌の集まり、リグ・ヴェーダの十番目の巻にある歌ひとつ。はじめの節から、十四番目のおしまいの節までです。
歌うのは二人きり。女と男です。語り手はおりません。どこに立っているのかも歌は言いません。
出てくるのは大水と大地と天。天を支え、あたりを広く見ている勇士たち。水の中にいるガンダルヴァという者と、水の乙女。掟をつかさどる神、ミトラとヴァルナ。まぶたを閉じない見張り。まわりにいるのは、死ぬことのない者ばかりです。
女が言い、男が返し、また女が言う。十四の節はひと節ごとに声が替わります。
はじめの節で女は相手を『友』と呼びます。九つ目の節では自分のことを『この女』と言います。それでも声は二つきりです。
「六つ目の節まで二人は名前を呼びませんね。その名前には何か意味があるのですか」
名は七つ目の節に二つ並んで出てまいります。ヤマ。この歌の言葉では双子を指す語です。ヤミーは同じ語の女の形。同じ胎から生まれた、兄と妹でございます。
車輪の一句が出てくるのも、その七つ目の節でした。女が言い、すぐ次の節で男が言う。字はひとつも違いません。
はじめて読んだとき、わたくしは写し違いを疑いました。前の節の句を、写した人がうっかりもう一度書いたのだろうと。同じ字の並びを見れば、まず書き損じを探す。字ばかり読んできた者の癖でございます。
「字が同じなのは、そのとおりなのでしょう。でも、わたしには同じに聞こえたことがありません。言う人が替わるのですもの」
耳のことでは妻にかないません。
この歌は千年を越えるあいだ、声だけで、そのまま運ばれてきました。いつはじめて字に書かれたのかは、分かっておりません。
今の言葉に移したのはわたくしです。はじめの声は、女。




