第五話 離れるなよ
「楽しみ!道頓堀デート」
「デ、デート!?」
「え?だって男女が二人でお出かけなんて。それはデートでしょ」
まさかの発言だった。俺は一昨日から、「これはデートになるのか?」とずっと考え込んでいた。しかし、どうやら彼女は今日のことを、完全にデートだと思い込んでいたらしい。いきなりそんな事を言われた俺は、かなり取り乱してしまった。
「まあ⋯⋯そうか。そうだよな」
俺はこう返事することしか出来なかった。ふと彼女の方を見てみると、顔が赤く、目を足元にやりながらまんざらでも無い表情をしている。服装も相まって、一言で言うと可愛い。そんな彼女を眺めていると、
「ちょっとこっち見ないでください!早く行きますよ!」
「ごめんごめん」
こう怒られてしまった。そして彼女は、歩くスピードをやや上げて駅に向かった。
その後地下鉄と徒歩で移動して、大阪ミナミの観光地である道頓堀に到着した。日曜日ということもあって、かなりの人でごった返していた。
「うわあ。やっぱ日曜日だから案の定人が多いな」
「うん⋯⋯前よりは人少ないからマシだけど」
「あれ、来たことあるの?」
「小学二年生くらいの時に、お母さんといとことおばさんとで来たことあるんだ。でもあの時はお盆で人がごった返していたから」
「お盆とかのシーズンはほんとに人多いから俺はあまり行かないなあ」
「それに⋯⋯あの時迷子になっちゃって、それ以来人が多いところがちょっと苦手なんだよね」
「じゃあここに来て大丈夫なの?」
「今はちょっとずつ慣れてきたから大丈夫だよ。多分」
「多分って⋯⋯」
彼女は苦笑いをしてこう言った。信号を渡って商店街に入っていく⋯⋯が、人で溢れかえっている。最近の道頓堀は、インバウンドの効果もあって日本だけでなく世界各国からも観光客が押し寄せている。俺達が小学二年生の頃は二〇一六年、あの時は今よりも観光客の数は少なかったから、今日の道頓堀はあの時に笹野さんが迷子になった時と同じくらいの人数かもしれない。ふと彼女の方向を見ると、笑顔を見せる一方で若干不安げな表情をしている。
「離れるなよ」
そう言った直後、俺は無意識に彼女の手を握った。
「ちょちょちょっと酉島くん!急に何するの!?」
「こうしたら迷子になることないじゃん」
「いやこの年で迷子になんかならないから!ていうかそれよりも手!」
彼女の方を見ると、顔を真っ赤にして焦っているような表情をしている。そしてそれと同時に、俺も事の重大性を段々と理解してきた。会ってから数日しか経ってない男女がお出かけはともかく、付き合ってもないのにいきなり手を繋ぐのはかなりヤバいのではないか。
「こうしたら離れないかなと思って。嫌だったらほんとごめん」
「べ、べつに嫌ではないよ!?ただビックリしただけだから」
「じゃあ⋯⋯人多いから一応繋いどく?」
「⋯⋯うん」
俺達は手を繋いだまま足を前に進めた。笹野さんの手は俺よりもやや小さく、心地よい暖かさだった。横を見ると、彼女はさっきと同じようなまんざらでもない表情で、目線を下に向けていた。ただ、ずっと見ているとまた怒られそうな気がするので切り替えて前を向いた。
その後商店街を歩き続け、戎橋がある道頓堀に到着した。
「これがあの有名な看板!初めてちゃんと見れた!」
「俺も数年ぶりかもな。ここに来ることはほぼ無いし」
彼女は夢中になって、橋から見える道頓堀のビル群を写真に収めた。人が多いところは苦手と言っていたが、いざ来てみるとそんな事を一切感じさせない笑顔に満ち溢れていて、なんだか安心した。いつもと違う特別なお出かけ。気づけば俺も、道頓堀の風景を写真に収めていた。
「酉島くん、私たこ焼き食べてみたい!本場のは食べたこと無かったから気になる!」
「いいね。俺も小腹が空いたし買おっかな」
俺達は橋のすぐそばにあるお店で、たこ焼きを購入した。出来たて熱々のたこ焼きを口に入れる。フワフワでとろっとした感触が口の中に広がり、そこにコリッとしたタコが入っている。マヨネーズやソースとの相性も抜群で、人生で一番美味いたこ焼きとなった。笹野さんも、笑顔で美味しそうに頬張っている。目が合った時、笹野さんはふと笑った。
「酉島くん、口にソース付いてるよ」
彼女は笑いながら鏡を見せてこう言った。見てみると確かについている。俺は慌ててカバンからティッシュを取り出し口を拭いた。
「そんな慌てることもないのに。おもしろいね酉島くんは」
「口にマヨネーズ付けてる人が言うセリフか?」
「え!うそ!」
笹野さんも大慌てで口を拭いた。お互い顔を赤くしていてちょっと気まずくなったがすぐに笑顔になった。
「もう三時か。確か夕方までには帰らないといけないんだっけ」
「うん⋯⋯早いけど帰る?」
「そうだな。もし時間が余っても梅田あたりで寄り道すればいいし」
「そうだね。じゃあ帰ろっか!」
俺達は、来た道を戻ってなんばの駅に向かった。行きと同じく手を繋ぎながら⋯⋯
なんば駅から再び地下鉄に乗り込んで梅田に着いた。
「時間あるな。せっかくなら梅田もちょっと見てみる?」
「うん!」
「おっけー」
その後俺達は、梅田の色々な場所を巡っていった。様々な店舗が立ち並んでいたり、都会の真ん中に観覧車があったり、とにかくビルが高かったりで、笹野さんは度肝を抜かれていた。
「梅田って⋯⋯こんなにもすごい場所だったんだ。前大阪来たのはコロナが流行る前とかだったから、色々出来ててビックリした」
「最近になって色んな建物が出来てきたんだよね。今行った場所以外にも色々あるし。学校でも、放課後に梅田に遊びに行く人とかいっぱいいるよ?」
「放課後に来るの!?羨ましいなあ、学校終わりにこういう所来れるの」
「田舎だと娯楽がやっぱり無いのか」
「うん。前の学校だと、帰ってきて遊ぶってこともほぼ出来なかったから」
「やっぱり大変だったんだなあ」
こんな事を語りつつ、帰路に就こうとした。
外の景色を眺めながら、阪急電車の駅に向かい特急電車で約十五分、最寄りである茨木市に着いた。
「酉島くん!今日は本当にありがとう!ここ数年で一番楽しい日だった」
「こちらこそ。今まで一人で出かけてたからなんか新鮮な気持ちになって楽しかった!」
「それで酉島くん⋯⋯よかったら、また一緒にお出かけしない?」
「もちろん!あれだったら日帰りで遠出するのも良くない?お互い行ったこと無い場所に行ったら楽しさも倍増するだろうし」
「確かに!じゃあ、次一緒にお出かけするとなったらそういう所に行ってみよ!」
「そうだな。じゃあまた明日学校で」
「うん。バイバイ!」
そう言って俺達は駅で解散して駅に向かった。家に帰って、早速布団にダイブする。
「はぁー、色々起こりすぎた」
ため息をつきながらこう呟いた。いつもと違う笹野さんの私服姿、都会の景色に心を惹かれていた表情、後半ほぼずっと繋いでいた手、一言で言えば今日の笹野さんはとてもかわいかった。そして思い出すたびに、心がなんだか変な気持ちになっていく。俺は彼女の事をどう思っているのか⋯⋯帰ってきてからずっとその事で悩んでいた。
◇◇◇
「ヤバいヤバいヤバい!初めて男の子とデートしちゃった!」
私は家に帰ってきてから、ずっと今日の事で頭をよぎらせていた。四国にいた時は、複数人含めても、男の子と出かける事が全く無かったからこれが初めてのお出かけだった。ましてやいきなり二人きりなんて。転校早々、いきなりデートするなんて全く思わなかった。しかもいきなり手を繋がれるなんて⋯⋯
気持ちを落ち着かせて今日のことを振り返る。なんだかんだで今日はとても楽しい一日だった。特に、あべのハルカスから見た太陽に照らされている大阪の街並みには感動した。
あの時住んでいた場所は、山に囲まれた自然しかない場所だった。あの場所も大好きだったが、やっぱり都会のこの凄さにはとても感動する。引っ越し前の数日間、私はここを離れたくない気持ちと新たな暮らしへのワクワクがぶつかって複雑な気持ちとなり、気付いたら涙を流していた。でも、新たな生活も悪くない。引っ越してからお世話になっているおじさんおばさん、そしていとこの優愛ちゃんとの暮らしはとても楽しいし、学校でも新たな友達が増えてきて、あの時抱えていた不安はほぼ打ち消されている。
「お父さん、元気にしてるかなあ」
私は気付けば、こうボソッと呟いていた。四国を離れてから約半月、お父さんは元気にやっているのだろうか。布団に寝転びながらこう思った。
◇◇◇
笹野さんとお出かけした翌日、新たな週が始まった。いつも通りの時間に起きて、朝ごはんを食べ、身だしなみを整え駅に向かった。
電車に揺られて学校の最寄り駅に到着、今日から通常授業が始まるということで、若干重い雰囲気が漂っているが気持ちを切り替えてやるしかない。俺は前を向いて、学校へ歩いていった。
教室に入るが来ているのは片手で数えれるほどの人数。始業の二十分近く前ということでガラガラの状態である。そして、その五分後くらいに笹野さんが、その直後くらいに、智光とさくらがやってきた⋯⋯が、さくらは俺を見つけた途端、猛スピードで駆け寄り、俺と笹野さんにこんな質問をしやがった。
「おはよーお二人さん!てか二人っていつから付き合ってたの!?」
「は、はー!?」
俺と笹野さんは同じタイミングで声を上げた。一体何を勘違いしてるんだ⋯⋯




