プランB
4月の残された日々は、何事もないかのように穏やかに過ぎていった。
だが、その平穏な表面の下で、超法規的計画「プランB」は息をひそめ、密やかにその牙を研ぎ続けていた。
決行は、闇に紛れた深夜だった。
対象は、未だ建造段階にある巨大データセンター。外部ネットワークとの接続すら行われていないそのコンクリートの箱は、デジタルな世界においては完全な「死角」であった。
「――動くな」
闇の中から現れた影が、敷地内を巡回していた警備員たちを次々と制圧していく。悲鳴一つ上げさせる猶予すら与えない、洗練されたプロの手際。わずか数分で、拠点は完全に確保された。
「これより、本拠点を日本政府の管理下に置く」
制圧完了の報告とともに、前代未聞の規模による情報統制が開始された。
対象は現場の警備員だけにとどまらない。建設会社、電気設備、配管業者――この現場に出入りするすべての企業と人間を、日本政府の名のもとに完全に掌握し、口を封じる。
璋徹に送られる定期レポートには、ただ一行、こう記され続ける。
『建設は予定通り、順調に進行中』
7月の完成まで、外部ネットワークが繋がる予定はない。極限の警戒を維持したまま、この暗闇の中で逃げ切る――それがプランBの完璧なシナリオのはずだった。
「……買収した外資から、現場の視察を行いたいと連絡が入りました」
5月に入り、最初の亀裂が走った。
最初は建設会社を通じて「安全上の理由」を建前に体よく延期させていた。しかし、相手も引き下がらない。度重なる拒絶に痺れを切らした外資側からのプレッシャーは日増しに強まり、ついには「これ以上の延期は契約違反とみなす」とまで迫ってきたのだ。
拒絶は限界だった。だが、制圧中の本丸である占拠区画を見せるわけには絶対にいかない。
「見せられないなら、見せていい場所を突貫で作るまでだ」
山田竜一たちは即座に決断した。
視察団の動線を徹底的に限定し、未だ工事中であるはずの区画に、爆速で「順調に建設が進んでいる風のダミー現場(偽装ルーム)」を設営する。
塗料の匂いすら消えきらないハリボテの突撃設営。一歩でも指定ルートを外れれば、政府の特殊部隊が待機する本丸に通じてしまう――まさに綱渡りの突貫工事だった。
視察当日。
ダミー現場に足を踏み入れた外資系の視察団に対し、竜一たちは完璧な『順調な現場』を演じ切っていた。何事もなく視察が終わるかと思われた、その時だ。
視察団の中にいた一人の男の動きに、わずかな違和感が走る。
男は建設の進捗にはほとんど目をくれず、建物の構造的な死角や、未開放の奥の区画、そして壁際に引かれた配線設備ばかりを異様な目つきで観察していたのだ。
(……ただの監査役じゃない。璋徹のスパイだ)
竜一は案内を続けながら、背中に冷や汗を伝わせた。
璋徹はすでに異変を察知し、刺客を送り込んできていたのだ。しかし、この現場は外部電波を遮断し、ネットワークも繋がっていない。奴はどうやって外部の璋徹へ情報を送る気なのか?
「あえて捕まえるな。泳がせるぞ」
竜一はスパイを拘束したい衝動を抑え、その行動を密かに監視させた。
男が物陰で取り出したのは、工事用に引き込まれていた古いアナログ電話の保安器(配線)へ取り付ける、手のひらサイズの不正モジュールだった。現場の金属骨組みをアンテナ代わりに利用し、微弱な信号を外部へ飛ばす物理的トリック。
「通信の瞬間を狙え。介入する!」
スパイが「現場に違和感あり」の暗号化データを送信したその瞬間、サイバーチームが割り込んだ。スパイの発信データを即座に「現場は極めて正常」という偽データに書き換え、璋徹への偽装を維持させる。
そして、その通信回線を逆方向にたどり、逆探知を仕掛けた。
「……取れた! 璋徹の受信用の中継ノードだ!」
モニターに浮かび上がったのは、璋徹が長年、極秘裏に内部情報を吸い上げるために利用していた「秘密のアクセスポイント」のアドレスだった。
「隊長、このアクセスポイントを遮断しますか?」
「いや、潰すな!」
竜一は即座に制止した。
「このルートを生かしたまま監視下に置け。璋徹がどこから情報を得ているのか、このアクセスポイントは今後の鍵になる……大谷、仲本、李の3人に即座に共有するんだ」
璋徹の情報源の一つを捕捉したという事実は、これから始まる反撃において、大谷たちが璋徹の裏をかくための最大の切り札となる。
ダミー現場での視察を何とか乗り切り、璋徹の目と耳を完璧にコントロール下に置いた。
しかし、安堵の時間は短い。7月の完成、そしてネットワークが正式に開通する『真のプランB決行の日』は、刻一刻と近づいていた――。




