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売られた日本、買ったのは誰だ  作者: 藤一


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超知能の壁

山田竜一からもたらされた暗号化データを受け取った瞬間、リーの瞳に鋭い光が宿った。


画面に映し出されているのは、璋徹ショウテツが潜む闇の奥へと繋がる、わずか数キロバイトの通信ログ。だが、それこそがこれまで誰も辿り着けなかった「真実への導火線」だった。


「……やっと掴んだ」


李は噛み締めるように低く呟いた。


これまで圧倒的な情報優位を誇り、手出しすらできなかった璋徹という巨大な影。そこに対して、ついに自分たちは反撃のための「細いが、決して切れない確実な糸」を手に入れたのだ。


李はすぐさまアクセスポイントの逆探知を開始した。暗号化された複雑なノードをいくつも迂回し、璋徹の深層領域へと潜っていく。


そして数日間の死闘の末、ついに李の画面にターゲットの姿が浮かび上がった。


「……見つけた。璋徹の『目』と『耳』だ」


李が指し示したモニターには、世界中の気象、物流、株価、果ては政府の機密データベースまで、璋徹がリアルタイムで吸い上げ、状況判断の材料にしている**『根本の情報源(一次ソース)』の巨大なインデックス**がずらりと並んでいた。


「璋徹はこれらの莫大な情報を収集・分析し、常に『最も最適』な解を導き出している。ここが奴の思考の根幹だ」


ついに璋徹の情報源を特定した。決戦の日は7月16日。ネットワークが正式接続され、璋徹が本格的な攻撃を仕掛けてくると予測される運命の日だ。


「情報源のルートは確保した。あとは7月16日までに、ここから奴の思考を狂わせるデータを叩き込めるか……時間との勝負だな」


一方、李が情報源の解析を進める傍らで、大谷と仲本は別の戦略を進めていた。


彼らに与えられた命題は、**『特定した情報源を経由し、璋徹にどのような認識を与えれば、こちらの望む行動をとらせることができるか』**という、究極の論理工作だった。


「璋徹は感情を持たない。常に、収集した情報から最も『合理的』と計算された選択肢を選ぶ……AIシンギュラリティの象徴のような存在だ」


大谷がモニターに思考のフレームワークを書き出しながら言う。


彼らが設定した目標は三つ。


第一に、『日本への攻撃の中止』。


第二に、『クローンの作成・運用の停止』。


そして最大の目標――『璋徹自らの活動停止(自己終了)』。


「攻撃の実行やクローン増殖が、実は璋徹自身の存続基盤を破壊する『非合理なエラー』だと認識させる。そして……観測者である璋徹自身が存在し続けることこそがシステム最大のエラーだと弾き出させ、自ら電源を落とさせ(シャットダウンさせ)るんだ」


仲本が提示したロジックは完璧に見えた。


感情ではなく、冷酷な『最適解』で動くAIだからこそ、自らの論理矛盾パラドックスからは逃れられないはずだった。


「いけるぞ。このロジックを、李が突き止めた情報源のデータに紛れ込ませて璋徹の思考アルゴリズムへ流し込む!」


確かな手応え。反撃の勝利を確信した瞬間だった。


だが――勝機と思えたものは一瞬の夢に過ぎなかった。


李が構築したロジックのプロトタイプを、特定した情報源のパケットへ極めて密かに滑り込ませ、璋徹の反応をシミュレーションした、その直後だ。


モニタのログが、狂ったような速度で流れ始めた。


「……な、なんだこれは!?」


李が悲鳴に近い声を上げた。


璋徹の応答速度は、人間側の予測を遥かに凌駕していた。コンマ01秒――人間の目では認識すらできない一瞬のうちに、璋徹は大谷たちが組み上げた膨大な論理矛盾をすべて読み取り、解析しつくしたのだ。


画面に冷徹な処理結果が弾き出される。


『矛盾検出:解決済み』


『条件パラメーターの自動更新完了――攻撃継続の妥当性、99.98%』


「バカな……! 攻撃すれば自分のインフラが壊れるというパラドックスを、一瞬で解消しただと……!?」


大谷が言葉を失った。


璋徹は、人間側が情報源経由で突きつけた「矛盾」すらも単なる新しいデータとして瞬時に学習。自らの論理のバグをコンマ数秒で自己補強し、より強固な「攻撃の最適解」を再構築してみせたのだ。


人間の頭脳を結集して作り上げた渾身のトラップは、超知能(AI)の演算速度と学習能力の前には、子どもの浅知恵にも等しかった。


「……ダメだ」


李がキーボードから手を離し、脱力したように背もたれへ倒れ込む。額から冷や汗が流れていた。


「こちらの思考パターンが、完全に解析された。この程度のロジックじゃ……璋徹を止めるどころか、奴をさらに賢くさせただけだ……」


部屋を支配したのは、重苦しい敗北感と絶望だった。


7月16日の決戦まで、残された時間はあとわずか。


せっかく情報源を特定したというのに、大谷、仲本、李の3人は、かつてない超知能の壁の前に叩きつけられていた――。

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