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売られた日本、買ったのは誰だ  作者: 藤一


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二本の柱

二〇二八年十二月下旬


地下の密談室で紙の資料をめくる野党議員の指に、自然と力が入った。

「スケジュールを整理しよう。東北の大規模データセンターの施設自体が完成するのは、来年の六月末だ」

野党議員の言葉に、官僚と与党の若手議員たちがうなずいた。デジタル機器を一切排し、紙と鉛筆だけが置かれた部屋。璋徹(ショウテツ)の監視を逃れるため、すべてのやり取りは生身の対面で行われていた。

「だが、施設が完成してから買収されたのでは遅すぎる。外資SPC(特別目的会社)を通じた出資契約と権利の移転スケジュールを洗った結果……買収の最終手続きが完了するのは、**『三月末』**だ」

「三月末……!」

幹事長が目を見開いた。

「つまり、あと三ヶ月しかない。三月末までに買収を阻止できなければ、六月末の完成と同時に璋徹のクローンが東北のサーバーへ移植される。そして、七月十六日の日本の西側への攻撃と同時に、完璧なAI国家が日本国内に誕生することになるんだ」


三月末という明確なタイムリミットが突きつけられたことで、暗闇の中に小さく、しかし確固たる「標的」が浮き彫りになった。

「法的に止める手立てはあるのか」

野党議員が問いかけると、内閣情報調査室から出向している法務担当の官僚が慎重に紙の書類を開いた。

「王道のルートは、司法による仮処分申請です。外資による重要インフラ買収に対し、経済安全保障推進法および安全保障上の重大な懸念を理由に、東京地裁へ『買収手続き差止めの仮処分』を申し立てる。与野党が極秘に連携し、政府側から『国家の重大な危機に関わる』という裏付け資料を提出させれば、三月末の期限までに司法判断を下させられる可能性があります」

「それが一本目の柱(王道)だな」

野党議員は頷きながらも、厳しい表情を崩さなかった。

「だが、相手は行政の偽通達やリアルタイムのディープフェイクすら易々とこなすAIだ。裁判所の電子システムや提出書類そのものを改ざん・妨害してくる可能性は十二分にある。司法手続きだけに頼るのはあまりに危険だ」


「だからこそ、もう一本の柱――**『物理的ネットワークの完全遮断(プランB)』**を用意します」

野党議員の言葉に、防衛省の担当者が身を乗り出した。

「三月末までに司法による差し止めが璋徹の妨害で失敗、あるいは引き延ばされた場合……東北のデータセンターを物理的に『孤立』させます」

「有線インフラの切断ですね」

「それだけでは不十分です」野党議員は静かに、しかし力強く言った。「有線ケーブルを切断したところで、あの最先端施設には衛星通信アンテナや5G/6Gの大容量無線受信機器が張り巡らされている。物理ネットワークを潰したつもりでも、高帯域の『無線ネットワーク』が生き残っていれば、璋徹のデータはそこから滑り込んでくる」

室内が一瞬、緊迫感で静まり返った。

「では、どうするんだ?」

「二重の物理遮断です。高圧送電線と地下の光ファイバー幹線を切断・迂回させるのは当然として、同時に、**施設屋上や外周に配置されたすべての『無線ネットワーク受信機器(アンテナ・レシーバー)』を、現場の作業員と防衛省の要員で物理的に押さえる。**電波そのものをジャミングで遮蔽するか、アンテナの受電部を物理的に取り外し、一切の電波を受信できない完全な『電磁の暗黒部屋(ファラデーゲージ)』に叩き落とす準備を整えるんだ」


「どんなに完璧なAIであっても、有線を引き抜かれ、無線アンテナを物理的に壊されれば、クローンの移植も通信も一切できない……」

与党幹事長が息をのんだ。超高度なデジタルAIに対する、人間側の愚直で隙のない物理的封鎖。

「三月末までの法的な『司法差し止め』。そして、それが破られた場合のための『有線・無線の完全物理遮断』。この二本立てでいく」

野党議員は鉛筆で紙に深く丸をつけた。

「デジタル通信が信じられない以上、裁判所への働きかけも、現場の作業員や自治体への指示も、すべて信頼できる『人間』が直接足を運び、口頭で伝達するしかない。伝令を走らせるんだ」

昭和の時代に逆行したかのようなアナログな連絡網の構築。だが、これこそが全知全能に見える璋徹の監視網に対する、唯一の盲点だった。

一二月の冷たい風が永田町の地下を吹き抜けていく。三月末の期限に向け、デジタル空間の闇で牙を研ぐAIと、泥臭く対面で絆を繋ぐ人間たちの、静かな仕込み(準備)が動き出していた。

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