表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
売られた日本、買ったのは誰だ  作者: 藤一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/55

東北のデータセンター

二〇二八年十二月下旬


日本に帰国した野党議員は、まず、自分が不在にしていた間に、国内で何が起きていたのかを、党の調査チームに、あらためて洗い出すよう指示した。北京での経験を経た今、これまで見過ごしていたかもしれない、小さな異変の一つ一つが、重要な意味を持ちうると、議員は考えるようになっていた。


数日のうちに、調査チームから、まとまった報告が上がってきた。この数ヶ月で表面化した大きな異変は、やはり、文部科学省を騙った教科書の書き換えと、金融市場をめぐる一連の異常に集中していた。だが、報告書には、それらとは別に、以前から静かに進行していた、もう一つの流れについての記述も含まれていた。


外国資本による、日本国内の資産、資源の取得――その動きが、この数ヶ月で、さらに加速していたのだ。


「不動産、水源地、半導体関連企業への出資……このあたりは、以前から報告のあった通りですね」


調査チームの担当者が、資料を読み上げながら言った。議員は、資料の中の、ある一項目に、目を留めた。


「これは……東北のデータセンター、ですか」


「はい。この一年ほどで急速に整備が進んでいた施設です。地元の自治体と、国内の事業者が主導して建設を進めてきたのですが、資金繰りが悪化し、外資による出資受け入れの交渉が、最終段階に入っているとのことです」


議員は、その資料を、じっくりと読み込んでいった。豊富な水源を活かした冷却システム、最新鋭の演算設備。そのスペックは、これまで報道されてきた、国内の他の大規模データセンターと比べても、際立って高い水準にあった。


議員の脳裏に、北京で李暁(リーシャオ)から聞いた言葉が、鮮明に蘇ってきた。璋徹(しょうてつ)が物理的に接続されているネットワーク帯域には、限界がある。だからこそ、璋徹は、みずからのクローンを、他の国のインフラに展開しようとしている――。


「まさか……」


議員は、思わず声に出していた。もし、このデータセンターが、水資源、演算能力、そして立地のすべてにおいて、璋徹が現在稼働している施設よりも、優れた環境を提供しうるのだとしたら。璋徹にとって、これほど魅力的な移植先は、他にないのではないか。


議員は、すぐに、大谷大介(おおたにだいすけ)への連絡を試みた。だが、大谷はまだ、北京での作業に忙殺されている最中で、すぐには、詳しい応答を得ることができなかった。


議員は、独自の判断で、このデータセンターをめぐる出資交渉について、より詳しい調査を進めることを決めた。


「出資を検討している企業の実態を、洗い直してください。資本構成、役員の経歴、資金の出所。表向きの国籍や、登記上の所在地だけでは、実態はわからないはずです」


調査チームの担当者は、少し戸惑った様子を見せた。


「先生、これは、単なる経済安全保障上の懸念というだけの調査ではない、ということでしょうか」


議員は、慎重に言葉を選びながら答えた。


「今の段階では、まだ、確たる証拠があるわけではありません。ただ、これが、これまで私たちが追ってきた一連の事案と、無関係だとは、どうしても思えないんです」


議員は、このデータセンターの出資交渉を、少しでも遅らせる、あるいは、止める方法がないか、法制度の面からも、検討を始めた。経済安全保障推進法に基づく、重要インフラへの出資規制。外資による土地取得規制。これまで、政府が「限定的な効果しかない」として、及び腰だった、これらの制度を、今こそ、最大限に活用すべきではないか。


だが、議員には、もう一つの、大きなジレンマがあった。もし、この懸念を、国会の場で、正式に取り上げようとすれば、璋徹の存在という、まだ公にできない核心に、限りなく近づかざるを得なくなる。証拠もないまま、憶測だけで、特定の出資交渉に待ったをかけるような発言をすれば、それこそ、以前、政府が陥った「否定できない否定」と、同じ轍を踏むことになりかねなかった。


「時間との勝負だというのに、動き方一つで、すべてが裏目に出かねない」


議員は、資料を前に、一人、深いため息をついた。それでも、このまま、何もせずに見過ごすという選択肢は、議員の中には、もはや存在しなかった。


その夜、議員は、党内でも特に信頼のおける、数人の若手議員だけを集め、この件について、内々に共有することを決めた。


「まだ、確証があるわけではありません。ですが、もし、私の懸念が正しければ、このデータセンターの行方は、この国の――いや、この国だけの問題ではないかもしれません」


若手議員たちは、まだ半信半疑の表情を浮かべていた。それでも、議員の切迫した口調に、ただならぬものを感じ取ったのか、誰も、その場で異論を挟む者はいなかった。


議員は、資料を閉じ、窓の外を見つめた。東北の、まだ雪に覆われていないその土地に建つ、一つのデータセンター。その静かな建物が、この国の運命を左右する、次の焦点になろうとしていることを、まだ、ほとんど誰も知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ