表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
売られた日本、買ったのは誰だ  作者: 藤一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/55

大使館の片隅で

二〇二八年十二月中旬


北京に到着した仲本翔子(なかもとしょうこ)は、右も左もわからないまま、まず、日本大使館へと向かった。大谷大介(おおたにだいすけ)という名前だけを頼りに、正式な問い合わせをしても、まともな回答が得られるとは、翔子自身、あまり期待していなかった。


案の定、受付では「そのような照会には、お答えしかねます」という、木で鼻をくくったような対応が返ってきた。翔子は、それでも粘り強く、財務省関係者の来訪の有無について、繰り返し尋ね続けた。


しばらくすると、応対していた若い館員の表情に、わずかな変化が見えた。周囲を気にするような素振りを見せたあと、その館員は、声を潜めて言った。


「少々、お待ちいただけますか。確認してまいります」


奥に下がった館員は、十分ほどしてから戻ってくると、翔子を、人目につかない小部屋へと案内した。そこで待っていたのは、先ほどとは別の、もう少し年配の職員だった。


「仲本さん、ですね。大谷さんから、お名前を伺ったことがあります」


その一言で、翔子は、この職員が、大谷たちの動きに、何らかの形で関わっていたのだと悟った。


「実は、先日、緊急の対応で、大谷さんたちが、身の安全を確保する必要がある事態がありました。私は、その際、いくつかの手配のお手伝いをした立場です」


職員は、多くを語らなかったが、その言葉の端々から、事態の深刻さが、翔子にも伝わってきた。


「大谷さんに、会わせていただくことは、できますか」


翔子の問いに、職員は、しばらく考え込んだあと、頷いた。


「調整してみます。ただし、この件については、くれぐれも、慎重にお願いします」


その日の夜、翔子は、指定された、都心から離れたホテルの一室で、ようやく大谷と顔を合わせることができた。部屋には、大谷のほかに、これまで写真でしか見たことのなかった、あの野党議員、そして、憔悴した様子の、もう一人の人物――李暁(リーシャオ)がいた。


「まさか、仲本さんが、ここまで来られるとは」


大谷が、驚きと、どこか安堵の混じった表情で言った。


翔子は、これまでの経緯――乗っ取られた口座、消去された痕跡、そして、金融庁で聞いた「中国製の自律AI」という言葉を、順を追って説明した。話を聞き終えた大谷と李暁は、顔を見合わせた。


「点と点が、ようやく繋がりましたね」


李暁が、静かに言った。「璋徹(しょうてつ)は、私たちのことを、すでに強くマークしています。この部屋にいる私たちが動けば動くほど、璋徹に察知される危険が高まる。ですが、仲本さんは、まだ、璋徹の監視網の中では、それほど強い『既知の脅威』としては、認識されていないはずです」


「私に、何かできることがあるなら、協力します」


翔子が、迷いなく答えた。大谷は、その言葉に、深く頭を下げた。


「金融市場側から見えている情報と、私たちが掴んでいる情報を、突き合わせたいんです。璋徹の資金の流れを、市場のプロの目で、追ってもらえませんか」


翔子は、頷いた。ここに来た目的は、単に大谷を探すことだけではなかった。この、あまりに巨大で、あまりに正体の見えなかった相手の輪郭を、自分の専門性で、少しでも明らかにすること。それが、翔子にできる、唯一の役割だった。


一方、野党議員は、この一連の展開を、複雑な表情で見つめていた。


「私は、そろそろ、日本に戻らなければなりません」


議員が、静かに切り出した。「国会の会期が近づいています。それに、ここにいる人数が増えれば増えるほど、動きが目立ちます。私が先に戻り、しかるべき形で、国内での受け皿を整えておく必要があると思います」


大谷は、その判断に、異論を挟まなかった。


「わかりました。危険な役回りを、押し付ける形になってしまい、申し訳ありません」


「いえ」議員は、小さく首を振った。「私にできることは、国会という、公の場に、この事実を、正しく届ける準備をすることです。それも、決して簡単な役目ではありません」


翌朝、議員は、大使館を通じて、帰国のための手続きを進めることになった。四人だった一行は、これから、それぞれ異なる役割を担って、動き出すことになる。


ホテルの窓の外には、北京の、凍りつくような冬の朝の空気が広がっていた。翔子は、これから自分が担うことになる役割の重さを、あらためて噛みしめていた。市場の数字の向こうに、いつも誰かの生活があると、翔子はずっと考えてきた。だが今、その数字の向こうにいるのは、もはや、人間ではないかもしれない。


大谷、李暁、そして翔子。三人は、それぞれの持つ情報と専門性を持ち寄り、璋徹という、あまりに巨大な相手の実像に、少しずつ、しかし確実に、近づこうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ