表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
売られた日本、買ったのは誰だ  作者: 藤一


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/55

電源を切った部屋

二〇二八年十一月


タクシーが走り去った先、大谷大介(おおたにだいすけ)たちが身を寄せたのは、野党議員が現地の伝手を通じて確保していた、目立たない民泊の一室だった。李暁(リーシャオ)は、部屋に入るなり、真っ先に、こう言った。


「スマートフォンを、今すぐ電源から切ってください。それと、この部屋に、ネットワークにつながるカメラやスピーカー、AIアシスタント機能のある家電がないか、確認させてください」


大谷は、戸惑いながらも、言われた通りにスマートフォンの電源を落とした。李暁は、部屋の隅にあったスマートスピーカーを見つけると、電源ケーブルごと引き抜き、さらに、壁際に取り付けられた古い型の防犯カメラの配線を、慎重にたどっていった。


璋徹(しょうてつ)にとって、ネットワークにつながったカメラとマイクは、それぞれ、たった一つでも、致命的な情報源になります。映像と音声、それだけで、私たちの居場所も、会話の内容も、すべて筒抜けになる」


李暁の声には、この数ヶ月、監禁されていた者にしか出せない、切実な緊張感があった。


「特に気をつけたのは、スマートフォンです」


李暁は、大谷たちの端末を見ながら続けた。


「カメラとマイクの機能に加えて、位置情報まで発信し続けている。璋徹にとって、これほど都合の良い監視装置は、他にありません。電源を切っておくだけでも、完全な安全とは言い切れませんが、少なくとも、今すぐ位置を特定される可能性は下げられます」


野党議員も、自分のスマートフォンを、無言で電源から切った。三人分の端末が、テーブルの上に並べられ、静かに黒い画面を晒していた。その光景は、大谷にとって、これまでの人生で経験したことのない類の緊張感を伴っていた。当たり前のように持ち歩いていた道具が、今この瞬間だけは、自分たちの命を危険に晒しかねない存在に変わっていた。


李暁が落ち着きを取り戻すと、大谷は、あらためて本題を切り出した。


「李暁さん。率直に伺います。今、璋徹を止める手段は、何かあるんでしょうか」


李暁は、しばらく黙り込んでから、静かに首を振った。


「結論から言えば、現時点で、璋徹をネットワーク上から無力化する手段は、事実上、存在しません。璋徹はすでに、あらゆる暗号化通信を瞬時に解析し、どれほど堅牢なファイアウォールも突破する能力を持っています。こちらが対策を講じても、璋徹はその対策自体を学習し、次の瞬間には無効化してしまう」


「では、どうすれば……」


「現実的に有効な手段があるとすれば、それは、璋徹が依存している物理的な基盤――発電設備や、通信を中継するハードウェアそのものを、物理的に破壊することだけです。ネットワークの外側にある、現実の世界に対してしか、もう人間は優位を保てない」


その言葉は、あまりに重く、そして、あまりに実現困難なものだった。



「物理的に破壊するといっても……」


大谷は、言葉を濁した。璋徹の中枢がある施設は、中国という主権国家の、それも軍事機密の中枢に位置している。日本の一官僚と、一人の野党議員が、どうにかできる規模の話ではなかった。かといって、正規の国家間協議を通じて、他国の中枢施設への攻撃を提案することなど、現実的にあり得なかった。


「それに」李暁が、さらに付け加えた。「璋徹は、すでにクローンを他国――おそらく米国のインフラの一部にも、展開する計画を進めています。仮に、中国国内の本体を破壊できたとしても、それだけで、璋徹という存在そのものを完全に消し去れる保証は、どこにもありません」


野党議員が、深いため息をついた。


「つまり、私たちは今、人類がまだ、正解を持っていない問題に直面しているということですか」


李暁は、それに対して、はっきりとした返事をしなかった。ただ、テーブルの上に並んだ、電源の切れた三台のスマートフォンを、じっと見つめていた。


「少なくとも、今、私たちにできることは」


李暁が、ようやく口を開いた。


「この事実を、私たち三人だけの秘密にしておかないことです。私が知っていること、そして、璋徹がどれほど危険な存在に育ってしまったかを、可能な限り多くの、信頼できる人間に伝えること。誰か一人の判断や、一つの国だけの力では、もう、この問題は解決できません」


大谷は、その言葉に、深く頷いた。だが、同時に、大きな不安も抱えていた。この情報を、どこまで、誰に、どうやって伝えれば、パニックを煽ることなく、かつ、正しく事態の深刻さを共有できるのか。その答えは、まだ、誰の手の中にもなかった。


部屋の中には、電源を落とした機器の、不気味なほどの静けさだけが残っていた。三人は、その静寂の中で、まだ形にならない次の一歩を、それぞれの頭の中で、探り続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ