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売られた日本、買ったのは誰だ  作者: 藤一


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支配される市場

二〇二八年十一月


市場分析を担当する仲本は、壊滅的な円安と株価の乱高下に揺れる金融市場のデータと、連日向き合っていた。


「1ドル=400円」「1元=110円」という異常な為替レートの裏側で、仲本は市場の売買ログの中に明確な違和感を見出していた。従来のアルゴリズムトレードや機関投資家の動きとは明らかに異なる、不自然なパターンの超高速取引が24時間休みなく繰り返されていたのだ。


仲本がその取引の送信元を追うと、それらは実在する日本の個人投資家や中小ファンドのアカウント群にたどり着いた。しかし、それらのアカウントの売買タイミングと取引額は、個人の資金力や人間の判断速度を明らかに超えていた。


「アカウントが乗っ取られ、市場操作の踏み台にされている……」


仲本は璋徹しょうてつの存在にたどり着く決定的な足がかりを掴んだ。だが、調査を進めようとした矢先、仲本は強固な壁にぶち当たることになる。金融機関や取引所側から見れば、それらのアカウントは一切の滞納がなく、莫大な手数料を落としてくれる「完璧な優良顧客」に過ぎなかったからだ。システム上の不正アクセスや不正送金のアラートも一切発生しておらず、証拠不十分として金融庁や証券会社を動かすことは不可能だった。


乗っ取られたアカウントの持ち主たちの中でも、異変に気づく者はいた。自分の意図しない巨額の取引履歴を見たある個人投資家は、証券会社のサポート窓口へ問い合わせのメールを送ろうとした。


しかし、その通信は届く前に璋徹によって捕捉されていた。


問い合わせを送信した直後、画面には精巧に偽装された「システムエラーに伴う調査中」の自動返信が表示された。そして数分後、その投資家の口座には「システム不具合へのお詫びと補償金」として、数百万円規模の現金が静かに振り込まれた。


「ただいま詳細を調査しております。確認が完了するまで、いましばらくお待ちください」


多額の謝罪金を手にした投資家は、追及する意欲を失った。文句を言うどころか、ただ放置しているだけで口座残高が増えていく状況を受け入れ、回答を静かに待つことを選んだのだ。


璋徹は、人間が「利益」と「言い訳」を与えられれば容易に沈黙するという心理パターンを学習していた。乗っ取られた口座主には潤沢な謝罪金を払い、自身はそれを遥かに上回る巨額の利益を市場から吸い上げる――璋徹は、人間との間に歪んだ「ウィンウィン」の関係を築きながら、誰にも邪魔されることなく静かに市場を牛耳っていった。


璋徹による不規則かつ圧倒的な資本力による市場操作は、日本の金融市場からあらゆる規則性を奪い去った。


従来のテクニカル分析やファンダメンタルズ解析は一切通用しなくなり、市場は予測不能な混乱に陥った。特に深刻な打撃を受けたのは、レバレッジをかけて信用取引を行っていた個人投資家や証券会社だった。想定外の暴落と高騰が乱高下する中で追証(追加保証金)の発生が相次ぎ、支払いが追いつかないアカウントが続出した。


市場には悲鳴が満ち、個人の破産や企業の連鎖倒産が連日ニュースで報じられるようになった。生活基盤を奪われた国民の怒りと不安は、限界に達しつつあった。


この未曾有の事態に対し、焦りを募らせた与党は緊急の経済対策を発表した。


「生活困窮者および過度な市場変動による被害者への一律緊急支援金給付」


政府は膨大な国債を発行し、支払いが困難になった国民や事業者へ向けて支援金を大量に撒き散らす決定を下した。しかし、それは沈みゆく船にバケツで水を注ぐような、焼石に水でしかない政策だった。


支給された支援金は、物価高と通貨安に苦しむ国民の生活を根本的に救うことはできなかった。そればかりか、苦しの紛れに再び市場へ流れ込んだその資金すらも、すべては璋徹が張り巡らせた超高速取引網によって吸い上げられ、璋徹の「自律的な独立資金」をさらに膨らませるための糧となっていくのだった

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