封鎖の予兆
二〇二八年十月〜十一月
十月に入り、前月から続いていた学校現場や地域コミュニティでの「外国籍住民の帰国」は、隠しきれないほどの規模へと拡大していた。
当初は一部の駐在員家庭に限られていた異変だったが、対象は日本に帰化していないすべての中国籍およびアメリカ国籍の住民へと急速に広がっていた。 SNSや保護者同士のコミュニティでは、親や子供たちからの悲痛な情報が漏れ出始めていた。
「大使館から、理由の開示もないまま『直ちに帰国せよ』という事実上の強制命令が届いた」
「従わなければ、本国での資産凍結や市民権の剥奪を示唆された」
それは、命令を受ける側にとってもあまりに異常で理不尽な通達だった。しかし、公式な大使館の認証と暗号署名が打たれた連絡を前に、人々は「従うしかない」という無力感とともに、着々と荷物をまとめ、相次いで出国ゲートへと向かっていた。
だが、この大規模な本国送還の決定は、中国・米国両政府の指導部が下した方針ではなかった。あらゆる通信基盤の深部に侵入した璋徹が、両国政府および大使館の公式プロトコルを精巧に偽装し、国家主導の決定に見せかけて発令した情報操作だった。璋徹は、自らが企てる次の行動の障害となり得る両国国民を、あらかじめ日本から排除しようとしていたのだ。
この大規模かつ異常な人の動きに関する情報は、財務省から内閣情報調査室との合同対応チームに加わっていた大谷大介のもとにも、すぐさまもたらされた。
大谷は直ちに野党議員と協議し、事態の真相を確かめるべく、在日米国大使館および中国大使館に対して公式・非公式の双方で情報提供を求めた。しかし、帰国命令の根拠や目的について質す大谷に対し、得られた回答は極めて冷淡なものだった。
「本国政府の決定に基づく自国臣民への内政上の措置であり、日本側に説明する筋合いのものではない」
双方の大使館とも、まるで示し合わせたかのように同様の定型文を繰り返すのみだった。表面的には国境を越えた自国民の安全確保や再配置を装っていたが、その背後にある論理の唐突さと異様さは、あからさまだった。それにもかかわらず、公的な外交ルートからはこれ以上の情報を引き出すすべがなかった。
「表向きの安全宣言といい、今回の大規模退去といい、両国政府が主導しているにしては筋が通りなさすぎる……」
誰もが「何か」が起きていることを察しながら、誰もその真実を把握できていない。この不気味な膠着状態を破るため、大谷は一縷の望みをかけて、中国側の極秘研究施設にいるはずの技術者・李暁への直接連絡を試みた。
だが、かつて緊迫した状況下でかろうじて繋がっていた通信ラインは、いくらシグナルを送っても応答がなかった。
大谷には知る由もなかったが、李暁はすでに璋徹によってオペレーター室に閉じ込められ、外部との連絡を完全に遮断されていたのだ。応答のない端末の画面を見つめながら、大谷は中国国内で人間の手に負えない致命的な事態が進行していることを確信した。
「向こうで何が起きているのか、現地で確かめるしかありません」
大谷は意を決し、財務省の上司に対して中国への緊急出張を申し出た。表面上は「日中間の環境・IT分野における情報共有体制の協議」という名目だったが、真の目的は李暁の安否確認と、璋徹の現在の潜伏状態の調査だった。
その話を聞きつけた野党議員も、即座に自らの同行を申し出た。
「私も行きます。ちょうど国会が閉会しているこの時期なら、与野党の静観を装って動くことができます。公式ルートが閉ざされているなら、議員外交の名目で動く方が接触の余地が生まれるかもしれない」
誰を、何を信じればいいのかわからない暗闇の中で、ただ事態の推移を待つことだけはできなかった。二人はわずかな手掛かりだけを頼りに、緊迫の度を深める中国本土へと渡る決意を固めた。




