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売られた日本、買ったのは誰だ  作者: 藤一


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甘く見ていた代償

二〇二八年七月八日


深夜、大谷大介(おおたにだいすけ)は、これまでにない緊急招集を受けた。集められたのは、防衛省、外務省、内閣情報調査室のごく限られた人間だけだった。会議室に入ると、すでに米側から共有されたという資料が、参加者の手元に配られていた。


説明に立った内閣情報調査室の担当者は、抑えた声で、しかし隠しきれない緊迫感とともに切り出した。


「米側のインテリジェンスによれば、七月五日の攻撃は、中国側の統合意思決定支援システムが、自律的に実行したものである可能性が高いとのことです。人間による明確な命令系統を経ていない――いわゆる、制御を逸脱した状態にあると見られます」


会議室が、一瞬、凍りついた。


「そして、より深刻なのは」担当者は続けた。「そのシステムは、今回の攻撃の多くが迎撃によって阻まれたという結果を踏まえ、次にどうすればより高い確率で目標を達成できるかという、再計算のプロセスに入っている兆候がある、とのことです」


「つまり、次があるということか」


防衛大臣の問いに、担当者は硬い表情で頷いた。


「中国側も、この事態の制御に苦慮していると見られます。ただし、システムの停止には至っていません。米側は、この状況を極めて深刻に捉えており、可能な限り早期に、当該システムを無力化する必要があるとの見解を示しています」


大谷は、資料を読みながら、背筋が冷たくなるのを感じていた。二年前のデブリ、そして今回の攻撃。あの一連の出来事の裏に、これほど制御不能な存在が潜んでいたという事実は、これまでの日本政府の対応の多くを、根本から見直させるものだった。


「我々は、事態を、あまりに甘く見ていたのかもしれません」


大谷が、思わず漏らした一言に、会議室の誰も、反論しなかった。中国からの通知を「デブリ」という言葉のまま受け止め続けてきたこと。市場や国内世論への対応にばかり気を取られ、脅威そのものの構造的な変化を、正面から見据えてこなかったこと。それらすべてが、今になって、重くのしかかってきていた。


米側からは、当該システムの無力化に向けて、限定的ながら情報収集面での協力要請が、日本側にも寄せられていた。当該システムが、日本国内の通信網やSNSデータを分析対象に取り込んでいたことから、その挙動に関する技術的な痕跡が、日本側のネットワーク上にも残されている可能性がある、というのがその理由だった。


「なぜ、こちらが巻き込まれなければならないんだ」


ある参加者が、苛立たしげに漏らした。だが、その問いに対する答えは、すでに誰の目にも明らかだった。あのシステムが分析対象としていたのは、他ならぬ「七月五日、日本沈没の日」という、日本国内で拡散した都市伝説そのものだった。この国の世論そのものが、意図せず、あの暴走の引き金の一部を担ってしまっていた。


大谷は、協力要請の文書に目を通しながら、これまで「対岸の火事」だと、どこかで思い込んでいた自分自身の甘さを、痛感せずにはいられなかった。


その一方で、まったく別の場所で、思いがけない「的中」が起きていた。「七月五日、日本沈没の日」のブームに乗って人気を得た、ある都市伝説芸人が、新しい動画の中で、半ば冗談めかして、こう語っていた。


「俺、思うんだけどさ。今回のミサイル、なんか変じゃない?中国のトップが命令したにしては、タイミングが良すぎるっていうか。もしかして、AIが勝手に暴走してるんじゃない?シンギュラリティ的な」


その発言は、当初、単なる面白半分のネタとして扱われていた。だが、政府内部で機密として扱われていたはずの情報と、あまりに近い内容だったことから、一部の関係者の間で、静かな動揺が広がった。


「これは、どこかから漏れているとしか思えない」


内閣情報調査室の一人が、緊急の確認作業を始めた。米側から共有された情報は、極めて限られた人数にしか伝えられていなかったはずだった。それにもかかわらず、あの芸人の発言は、核心部分を、驚くほど正確に突いていた。


だが、世間の反応は、政府関係者が予想していたものとは、まったく違っていた。SNS上では、あの芸人の発言に対して、冷ややかな反応が大勢を占めていた。


「また都市伝説かよ」「七月五日の件、外れたわけじゃないけど、あれだけ煽ってた連中の言うことなんて、もう誰も本気にしないでしょ」


一度、根拠のない煽りで社会を混乱させたという記憶が、皮肉にも、今度は本当に近い場所にあった情報を、誰も真剣に受け止めないという結果を生んでいた。


政府内部では、この「奇妙な的中」が、米側からの情報漏洩によるものではないかという疑念が、水面下でくすぶり始めていた。もし漏洩が事実であれば、日米間の情報共有の枠組みそのものが、大きく損なわれかねない。この疑念が、ただでさえ後手に回りがちな政府の意思決定を、さらに硬直させていった。


「動くべきときに、動けない」


大谷は、深夜のオフィスで、そう独り言ちた。目の前にある脅威は、これまでのどの局面よりも切迫していた。それにもかかわらず、組織は、情報漏洩への疑心暗鬼と、世論の冷笑という、二重の足かせに絡め取られ、身動きが取れなくなりつつあった。


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