第8話 イキリ限界精霊(炎属性)
「お願いされるまでもないよ。それよりさ、君たちの方が大丈夫? 二人の愛を、お父さんにも見学してもらってたんだけど」
これは、なんとかごまかせていると思い込んでいる二人への死刑宣告だ。私がお父さんたちをこちらへ呼ぶと、三人は静かな圧をまといながら近づいてくる。特にダリアとミラーノのお父さんは、最早怒りというより殺意に近い。
ミラーノのお父さんがミラーノへ近づき、拳を振り上げる。私はすぐにミラーノの前に立ち、間一髪暴力を阻止した。
「殴らないで! それで責任は取ったって顔されるの、一番嫌だから」
「しかし精霊様、それでは……」
ミラーノのお父さんは狼狽え、数歩下がる。別にミラーノを助けたわけではない。殴って、殴られて、それでなんとなく贖罪した気になられても胸糞悪いという話だ。
「ありがとう、ございます……」
「いやいや、許してないよ? ってことで、まずは謝ろうね。自分たちの何が悪かったのか、反省を述べてから謝罪の言葉で。今、アスラルもちゃーんとここで聞いてるからね」
私は自分の胸に手のひらを当て、アスラルの意識が残っていて、二人を見ていることを伝える。二人はアスラルには意識がないと思っていたのか、途端に血相を変えた。
「そ、そんなこと……言えるわけありませんわ……」
「貴族様が頭を下げるなんてありえませんわーってこと? それとも、言えないようなことってわかっててやってたって意味? すごーい、見かけによらず大胆なんだね!」
パチパチと拍手して煽ると、ダリアはカッと顔を赤くして俯いた。涙に潤んだ瞳が、まるで被害者は自分で、虐められているのも自分だとでも言っているようだった。
「違うんだ、アスラル……俺たちは、ただ……」
「ただ、何? 何が違うの? 言い逃れできると思ってる?」
人差し指でトントンと自分の唇をつつきながら尋ねると、ミラーノはギュッと唇を引き結んで言葉を飲み込む。夜の静けさの中、夜会の賑わいが遠くに聞こえる。
「どうして黙ってるの? 悪いことしたときは謝りなさいって、お父さんに教えてもらえなかった?」
チラリと横目でお父さんたちを一瞥すると、あからさまに不快感を露わにし、早く筋を通せと自分の子へ無言で圧力をかける。伯爵家当主ともなると、家族といえど頭の上がらない存在なのか、二人は互いにチラチラと目を合わせたあと、頭を下げた。先に謝罪を口にしたのは、ミラーノの方だった。
「許されない過ちを犯してしまい、申し訳ございませんでした! ですが俺は、純粋に彼女を愛してしまったのです……精霊様」
「わ、わたくしも……彼を、好きになって……あなたを、裏切りました……申し訳ございませんでした。どうか、どうか……お許しください」
二人は声を震わせながら、捨てられた子犬のような眼差しを向けてくる。謝罪を口にしているはずなのに、「愛してしまったのは仕方ないことだった」「純粋な恋だった」という弁明を聞いているような気分だ。
それも、アスラルに向けて謝っていない。精霊リタに許しを乞い、許可を得ることで、なんとか傷を浅く済ませようとしている。ここまできて、いや……ここまで来たからこその保身なのかもしれない。
「あはは、君たちガチでヤバいね」
美化して酔ってる感じが最高にキモいし、不倫を純愛とか呼ぶタイプ?
解釈違いで、マジ無理すぎ。
『どうする? 許す? これアスラルに謝ってないと思うよ? 許さないなら、もっとボロクソに扱き下ろしてもいいと思う。代弁はいくらでもするし』
『……二人は、想い合ってたんだよね……僕は二人を、許すよ。けど、家同士の利益を失うとしても、婚約だけは破棄したい』
アスラルの声はかなり憔悴していた。もう一刻も早くこの茶番を終わらせて、どこかへ消えてしまいたい。そんな諦念と疲弊が滲んでいた。
「……アスラルは許すって」
そこで二人は、わかりやすくホッとしたような顔をした。それが余りにも身勝手で、自己中心的で、アスラルの痛みを見ようともしていなくて。無性に腹立たしくて、仕方ない。
「でも、精霊リタが許すかな!」
このまま終わりにしたら、ムカつく。私がイライラして夜も寝れなくなりそう。
「一人の人間の心を殺した愚か者共、私がいなければ死んでいたかもしれぬぞ。それをわかっていてその態度か!」
渾身の演技で、何かのゲームで見た威厳がある精霊風に、でっっかい声で叫んだ。精霊という肩書きとアスラルのイケボのおかげで迫力もあり、二人はビビリ散らかして萎縮している。
男の人の声というのはそれだけで威圧感があるし、精霊の怒りを買うというのも恐ろしいものらしい。そのせいか、お父さんたちもギョッとしたような顔で私を見ていた。さすが、八百万の神に例えられる存在なだけはある。
私の渾身の叫びが会場のホールまで届いたのか、何事かと騒ぎを聞きつけたギャラリーが集まってきている。
私はイカれた精霊ムーブに戻り、二人の周りを楽しげな足取りでくるくると踊るように歩き回る。社会的火刑に処されて炎上している二人を、キャンプファイアーに見立てて。
「ねぇ、アスラルを踏みにじって味わう恋は、甘かった? アスラルを勝手に悪役に仕立てて燃える恋は、楽しかった? ねぇ教えてよ。不貞ってさ、どんな味がするの? やっぱ蜜の味?」
衆人環視の中、私は二人の恥を盛大にバラしてやった。二人は周囲を見回すと、その反応に顔を青ざめさせていた。二人のお父さんは頭を抱えている。お父さんたちに罪はないけど、仕方ない。ここは一つ、監督不行届きということで諦めてもらおう。
にしても、こんなことやってても精霊様の気まぐれで済んじゃうんだよね。
精霊様ってすごいなー……
「なーんてね。これで相思相愛、人間性も釣り合っててお似合いだし、めでたしめでたし! あ、結婚式はぜひ呼んでね~?」
二人の肩にポンと、それぞれ手を置く。それにすら反応を示さず、無言で震えていた。もうこちらの声が聞こえているのかいないのかもわからないくらい、じっと地面を見つめて無反応になっていた。
「それじゃあ、アスラルの希望で婚約は破棄ってことで。事後処理はお父さん同士でお願いしまーす。もうアスラルは疲れたみたいだから、部屋に帰るね。ばいばーい!」
私はそうして散々引っ掻き回して、会場を後にした。大切なお父さんの誕生日が、地獄の夜として一生の思い出になってしまったのは申し訳ない。けれどこれも息子を立ち直らせるための痛みと思って、飲み込んでほしいところだ。
あ、火刑フェス……ちゃんと最後まで私がやるって約束したのに後始末はお父さんたちに押しつけちゃった。
アスラルに堂々と宣言していたわりに中途半端になってしまっているが、どの道婚約をどうこうするのはお父さんたちで決めることだ。アスラルの婚約破棄の意思を精霊としてハッキリと伝えてきた。今はひとまずそれで十分ということにしておいた。
背後からお父さんたちの怒声と、悲鳴のような謝罪の声が響いている。遠のいていく嘲笑と困惑のざわめきは、さながら祭りの余韻のようであった。




