第7話 ただしイケメンと美女に限る……わけないんだよねぇ
アスラルのお父さんの誕生日に行われる夜会。それはアスラルを裏切ったダリアとミラーノの『社会的火刑フェス』開催の日でもある。
夜会には、コーデルセ家と親しい家の貴族たちが家族単位で招かれ、訪れる。ダリアのアトラクト家とミラーノのトーフリット家ももちろん漏れなく招待されていた。
夜会には途中から参加することを、すでにアスラルのお父さんには伝えてある。今は機が熟すのを、夜会会場の上の階にある部屋で待っていた。照明を落とした真っ暗な部屋で、こっそりと窓の外を覗う。
夜会の会場になっているホールから続く中庭には明かりが灯され、数組の貴族たちが飲み物を片手に歓談しているのが見える。その中庭のさらに奥、温室の近くが二人が逢瀬を重ねるのに選んでいる場所だとアスラルは言っていた。
幼馴染でコーデルセ家にもよく出入りしている二人だからこそ、この屋敷の造りや死角になる場所も熟知しているというわけである。実にタチが悪い。
『まだ来ないなー……アスラル、今さらやっぱやめるとか言わないでね』
この一か月で、私は声に出さずにアスラルに話しかける方法を体得していた。これを身に着けるまでは、“ひとりごとがヤバい精霊”として、従者たちから奇異の目で見られていた。
『……うん』
アスラルの返事は重い。少し間があるのは気になるが、恐らく躊躇いというよりはこれから起きるかもしれないことへの緊張だろう。一か月間腹を割って話す中で、彼はよく、現場に立ち会うのが怖いと口にしていた。
『つらかったら目と耳を塞いでおいてね。私がやり遂げるから』
『ありがとう。でもこれは本来僕がやるべきことだから。せめて、ちゃんと見届けたい』
明らかに無理をしているのはわかっていた。それでも何かの形で決着をつけない限り、アスラルは地獄の三角関係に放り込まれたままになる。それよりはずっとマシだと信じている。膿というものは、絞り出すときに痛みを伴うものだ。
それから十五分ほど待っただろうか、中庭にダリアとミラーノの姿を確認した。二人は楽しげに何か会話しながら、堂々と温室の方へと歩いていく。まるで幼い頃から親しい二人で「ちょっと花でも見に行こうか」とでもいうような、自然体さで。
『はーい、不貞カップル終了のお知らせでーす。お父さんにかわいくおねだりして、フェスに参加してもらわなくちゃ!』
『僕の見た目で、かわいく……?』
不貞は許される……ただし、イケメンと美女に限る……わけないよねぇ~?
倫理は顔面では免罪にならないんだって教えてあげる私、めっちゃ親切~!
私はこの絶好のタイミングを逃さないよう、早速行動を開始した。会場になっている階下のホールへ下りると視線を浴びたが、それらは全て無視して、まっすぐアスラルのお父さんのところへと向かった。
* * *
無事にアスラルのお父さんと、裏切り者二人のお父さんについてきてもらえることになった。これも全て、マサキさんがでっち上げてくれた設定『精霊様』パワーのおかげだ。ここまでくると、社会的信用度でワンパンできるレベルかもしれない。
「これから何を見ても、声を出さずに、優しく見守っててくださいね。私からのお願いです」
私は音を立てないようにお願いしながら、温室の方へと三人を案内する。すると建物の影でもそもそと動く人影が見えてくる。二人に気づかれないよう、彼女たちを視認しつつ庭木で死角になる場所に位置取った。
このときすでにダリアとミラーノは抱きしめ合っており、背後のお父さんたちからは気が気でない気配が伝わってきていた。
二人は互いの名前を切なげな声で呼び合うと、夜の影に沈むようにキスを交わす。そんな状態でも『精霊様』のお願いを忠実に守って、お父さんたちは見学に徹してくれている。実に敬虔で忠実な人たちだ。健気なイケオジたち、国宝級。
二人のキスは一度や二度で終わることなく、次第に情熱的に、熱く、深く、長く……なっていく。
あ、これレーティング全年齢で大丈夫なやつかなぁ?
でも、いっか……全員成人してるし。
『ぁ……っ……』
耐えきれなくなったのか、アスラルから小さな悲鳴が上がる。お父さんたちにもここまで決定的な瞬間を見せれば十分すぎるだろう。
『激アツじゃ~ん。これは燃やしがいあるねー! さぁ、社会的火刑フェスの開会だよ! 行こう、アスラル!』
アスラルの落ち込んだ気持ちや傷心をできるだけ吹き飛ばせるように、明るく勢いをつけて彼に向かって叫んだ。
『リタ……うん、燃やそう。恋に、罪はないけど……』
震えていた呼吸の音は消え、静かな力強さを宿した声がリタの背中を押す。
「人の営みって、かわいいよね~」
という無垢なイカれた精霊ムーブをかますと、ますます背後の空気が冷えた。振り返ると、三人とも怒りをこらえて……こらえすぎて目が据わっていた。
これはこっちも限界近いやつだ……
「こんばんはー! アッツアツで妬けちゃうなぁ~!」
私が大声で声をかけると、二人はビクリと体を跳ねさせ、弾かれたように距離を取った。残念ながら、今さら無関係を装ったところで無駄なあがきである。
「アスラル……じゃなくて、精霊様……アスラルの体調はもうよろしいのですか?」
「この通り、体の方は元気が有り余ってるくらいだから心配しないで? 毎日三食おいしい料理も出てくるし」
「そうなのですね。安心いたしましたわ。アスラル様を、どうかよろしくお願いいたします……精霊様」
二人は固い笑顔を貼りつけて、精一杯何事もなかったかのように振る舞っている。まだギリギリごまかせると思っている姿の間抜けさは、これ以上ないくらいの傑作だった。




