あほう……まほう少女
なんにも恨みがないけれど。
流れに乗って魔物をボコしてこようと思う。
「って、完全に通り魔の思考回路よね、私」
私は今、フリフリとした魔法少女の装いで、裏通りを駆けている。
魔物が出現したのならば、付近で襲われている人がいるのだろう。
魔法少女の出番だ。
人目を避ける隠匿の魔法を発動しているため、一般の人々には私の姿は視認できていない。
人目を引き付ける燃えるような赤毛の美少女が隣を全速力で通り過ぎたとしても、市井の人々には「強い風だな」という感想のみをもたらす。
便利な魔法だ。だからこそ厄介でもある。
この魔法は魔物も使えるのだ。
魔物はこの魔法で人の生活圏に紛れ込み、人目につかないところで人を襲う。
だから魔物という脅威に、一般人は襲われるまで気付けない。
そんな魔物の脅威に立ち向かえる察知能力を持つのが、魔法少女なのだ。
魔法少女の権能は、正義と秩序のために振るわれる。
つまり私がこれから実行する行為も、正義のための行動と見なされる。
たとえ私の胸にどす黒い感情――実は私が人一倍えっちな存在だったのだと、同じ顔の者たちから突きつけられたことへの羞恥と怒り。
それらがないまぜになった混沌の闇が渦巻いていて、その捌け口として私が魔物を狙っているのだとしても。
最終的に、魔法少女の行動は正義と見なされるのだ(断言)。
「よしっ!」
完全な自己弁護理論を組み立てたところで、私は目当てのエリアに行き着いた。
表通りから距離を置いた、住宅地とも言い難いうら寂しい一角の空き地。
私の魔法少女としての直感が、目的地はここだと告げている。
なお、ここに来たのは私一人だ。
イエローやブルー、そしてクソピンクたちは置いてきた。
憂さ晴らしのための生贄を奪われたくな……もとい、転生した私の力を検証するに、私ひとりの戦いにした方が都合が良かったからだ。
☆☆☆☆☆
「あっ!」
いた。
私の視線の先で気を失っているのは、OLと思しき女性。
そして、そんな女性に襲い掛かろうとしているのは、成人男性よりも大きく漆黒の体躯を持つ異形――魔物だ。
人間がそれぞれ個性を持つように。
魔物もまた、容姿や性格を個体ごとに異にする。
今回の魔物は二足歩行。黒い瘴気を纏い、顔と思われる部分には爛々と光る大きな目を一つ。真っ赤に裂けた口からは長い舌が覗く。
その手には大きく鋭い爪がある。
人間を串刺しにすることなど、容易いだろう。極めて人間に対しての害意をうかがわせる外見だ。
――あの人を護らなきゃ!
何十年ぶりかの覚悟が、胸の中に鮮やかに燃えた。
望まぬ形での現役復帰となってしまったが、人々を守ることは私の望みなのだ。
魔法少女として、必ず助けてみせる!
「待ちなさい!」
今にも女性に爪を突き立てそうな魔物に、私は存在を主張する。
「その人に手出しはさせないわ! あなたの相手はこの私が――」
「शुभ संध्या」
私の名乗りに被せるように、魔物が何かを告げてきた。
人語を解する魔物は数多いる。人間とコミュニケーションを図ろうとする魔物がいること自体には、私にとって驚きはなかった。
だけど、使ってきた言語が問題なのだ。
……いや、本当に何語なの?
「आपका नाम क्या है?」
「えっと、ちょっと待って? 私の魔法少女としてのキャリアだと、外国語を使ってくる魔物とは接点がなくて……一応、独文の筆談なら対応できるけど」
「……アホウショウジョ?」
外語対応スキルが『独語:レベル1』しかない私に合わせてくれたのか、魔物が日本語を使ってきてくれた。
その心遣いは敵ながら感謝できる……けど、間違い方が看過できない。
「えっと、魔法少女」
「アホウ少女?」
「魔法少女」
「阿房少女!」
魔物が「しっくりきた!」みたいな反応をしている。
私としてはたまったものではないのだけれど、私が訂正を重ねるより早く、魔物が私に攻撃をしかけてきた。
「阿房少女! नमस्ते! नमस्ते!」
鋭い爪を光らせ、魔物が私との距離を一気に詰める。
だけど、それは。
私の攻撃範囲に、相手がわざわざ踏み込んできたということ。
そう。
魔法少女としての二つ名――『打打百拳』の異名を持つこの私の間合いに、だ。
それがどのような結果に繋がるのか。
答えは、そう時を経ずに明らかになるだろう。
「……弱すぎるわね」
果たして、数秒後。
黒い粒子となって消えていく魔物に向けて、私はそんなことを呟いたのであった。
うん、私の戦闘能力は令和の時代にも通じる。
むしろ通じすぎている感すらある。
課題としては、私の言語レベル。
魔物が日本語以外の言語でコミュニケーションを取ってくるとは想像していなかった。これが国際化というものか。
「多言語対応できるようにならないとなぁ……」
戦闘能力よりも、言語に課題を見つける。
魔法少女としての久しぶりの「初陣」は、妙な課題を伴うものだった。




