アンドロイドには夢を見させておけ
アイゼンシルトは全力で走り続けた。
内部パーツをキチンと閉め直してもらったので、かなり稼働効率が上がっている。
これなら馬車よりも速く走れる。
目的地に辿り着くのは、この腕パーツの膠が渇くくらいになるだろう。
その間に自分という存在を走馬灯のように思い出していく。
博士に拾われるまでの記憶はない。
その特徴から機魔国のゴーレムなのは確かだろう。
人間側の存在になった直後、誰からも恐れられていた。
それは当然だろう。
モンスターという存在は素材すら人間の味方をしないものだ。
博士のロボット三原則を教えられたからと言って、人間の味方をするなど誰も信じない。
一回人間を救っても『いつか裏切る』と蔑みの眼を向けられた。
二回人間を救っても『きっと敵とグルなのよ』と疑いの噂を向けられた。
三回、四回、五回、六回……70年人間の世界を救い続けた。
どんな眼で見られようと、どんな陰口を言われようと、ただ人間を守り続けた。
それでようやく信頼を得られた。
そして――今もまた助けようとしている。
「…………アイゼンシルト、状況を開始します」
辿り着いたのは救出現場のはずだが、戦力差は処刑場と言えるだろう。
目の前には巨大なモンスター――〝監獄ヤドカリ〟が待ち構えていたのだ。
名前の通りヤドカリなのだが、数十人は入るような監獄の建物を背負っているくらいの巨躯を持っている。
その大きさにも驚くが、本体のヤドカリも金属の甲殻で覆われていて硬い。
しかも――。
「あ、アイゼンシルトさん!!」
「なんで戻ってきたんですか!?」
その背中の監獄には人質として冒険者たちが閉じ込められていた。
「オレたち死にかけの冒険者のことなんて良いから、あんただけでも逃げ――」
「…………ごめんなさい、本当は魔術が使える〝鋼鉄の守護者〟パーティーを連れてくるはずだったけど、壊滅してました。だから当機がどうにかします」
アイゼンシルトは腕をカチッと装着してから、ボロボロの盾を構えた。
その姿は別種族ながら痛々しい。
冒険者たちは眼を覆う者や、自責から涙を流す者まで居た。
それらを嘲笑う男が一人――いや、男というよりは人間ではない。
金属の筋肉を持ち、歯車やシリンダーなどが丸見えになった長身の機械人間だ。
「ふっ、アイゼンシルト。そんな生きる価値のない生物を助ける必要など、どこにある?」
「…………アイゼンファウスト」
長身の機械人間――アイゼンファウスト。
機魔族の上位機種〝十剣機〟であり、人類の敵の一機だ。
監獄ヤドカリの天辺に立って見下してきている。
「我が妹、今なら当機の権限で母機王のところへ戻してやろう」
「…………提案を却下する」
「残念だ、アイゼンシルト。なぜ、そこまで人間に入れ込む?」
「…………アイゼンファウスト、それは」
「いや、いい。どうせ聞いても当機には理解できない概念だ。もうお前に勝ち目は無い。生存確率は手持ちのデータ的に0%だ。さすがに我が妹が壊れるのはオレも見たくない。許せ、いつかお前をそんなにした人類を一匹残らず処理してやるからな」
アイゼンファウストは表情という機能はないが、機械故に整いすぎた顔がなぜか悲しんでいるように見えた。
そして、そのままブースターを噴射しながらどこかへ飛び去ってしまった。
残されたのはアイゼンシルトと、巨大な監獄ヤドカリだけだった。
その監獄から冒険者たちが悲痛な声をあげる。
「このノロマな監獄ヤドカリだけになった!! アイゼンシルトさんだけなら逃げられる!! だから――」
「…………逃げません。あの兄を名乗るアイゼンファウストが、当機を精神的に絶対に逃がさないために用意したモンスター。効果てきめんですね、当機は逃げることができません」
アイゼンシルトは大盾を構えた。
「無茶だ!! そんなボロボロの姿で……!!」
「オレたちのことはいいから逃げてくれー!!」
監獄ヤドカリが突進してきた。
その巨体から繰り出されるパワーは計り知れない。
いとも簡単にアイゼンシルトを吹き飛ばしてしまう。
「アイゼンシルトさんー!!」
「…………大丈夫です。盾と鎧はボロボロでも、今日はとても調子が良いんです」
普段だったら大盾を持っている腕が外れていただろう。
内部フレームも接合部を締め直されたので軋みが少ない。
イストに感謝していた。
この最期の悪あがきのために、得体の知れない機械をメンテしてくれたのだ。
その優しく情熱的な手つきを思い出して――。
「…………心も調子が良さそうです。当機にそんなモノがあれば、ですが」
アイゼンシルトは一瞬だけ笑顔を見せた。
再びの監獄ヤドカリの突進で岩壁に押しつけられるように、激突して埋まる。
何度も、何度も監獄ヤドカリは突進を繰り返す。
それでもアイゼンシルトは大盾を構えて立ち続ける。
石が砕かれるも、意志は砕かれない。砂ぼこりが上がるも、音は上げない。
「…………アイゼンファウストの言うとおり、当機に勝ち目はないです。物理攻撃したら監獄ヤドカリの監獄は爆破されてしまう。魔術師を連れて来ても、生半可な腕では倒しきれないでしょう。そう、最初から詰んでいたのかもしれません。それでも――」
「もういい、アイゼンシルトさん!!」
「オレたち人間なんて助けなくていい!!」
「おい!! 聞いてるんだろさっきの機械男!! オレたちはどうなってもいいからアイゼンシルトさんだけは助けてやってくれ!!」
監獄に閉じ込められている冒険者たちの声も虚しく、それはもはや意味を成さない。
すでにアイゼンファウストは立ち去ったあとで、アイゼンシルトも鋼の意志を曲げたりはしない。
彼女の鎧は砕け、人工皮膚は引き裂かれ、無残にも中身の機械部品が見えてきてしまっている。
それでも半分に割れてしまった大盾を構えて立ち続ける。
「…………たぶん、いえ、確実にこうしている当機に意味はありません。絶対に勝てない戦いに無駄に挑んでいるだけです」
「どうして、どうしてそこまで……!!」
「好きだからですよ、人類が。ただ単純にそれだけです」
監獄ヤドカリの攻撃が続き、アイゼンシルトは大盾を持っていない方の手が吹き飛んだ。
それでも立ち続ける。
「ロボット三原則という理由もいらない。勝てる確率が0%でも構わない。当機の魂と呼べるエーテルコアが咆哮を上げているのです。人間を助けたいと」
「や、やめてくれ……もうアイゼンシルトさんの身体は……」
「たとえこの身が砕け散ろうとも構わない、それだけの想いなんです。それが七十年の想いなんです」
ついにはアイゼンシルトの片脚もなくなり、その場に倒れ込んでしまった。
監獄ヤドカリはそれを見て大きく飛び上がった。
落下地点はアイゼンシルトだ。
「やめろぉぉおお!! やめてくれぇぇぇえ!!」
「このヤドカリ野郎!! 殺すならオレたちからにしろ!!」
アイゼンシルトは少しだけ寂しそうな顔で呟いた。
「…………心残りがあるとすれば、名工イスト。メンテしてくださったのに、すぐに壊れてしまって申し訳ありません」
「――スーパーロボットも防具も壊れてナンボだ!! 気にすんな!!」
「…………名工イストの声が。これは夢ですか……? いえ、機械が夢を見るはずは……」
どこからかイストの声が響き、自由落下の最中だった監獄ヤドカリが上級魔術によって吹き飛ばされていた。
「はっ! アンドロイドには夢を見させておけ!」
Twitterの方には書いたのですが、ここ一週間くらい風邪で倒れていて、まったく執筆できていなかったので書き溜めがなくなって更新止まる可能性があります。
今は体調戻ってきたのですが、集中すると微妙に頭痛がして強引に書いている感じなので速度が出ない……!!
不甲斐ないぜ、タック!!




