第316話 与えられること
紗矢香の問いかけに春風は思いをどう伝えるのか?
男と女……それはそれぞれが究極の存在であると共に、人類が神から与えられた命題なのであろう。
純然たる理の前では、いかなる愛情表現も意味を成さないことを知る。
それならいっその事、その成り行きに身を任せて終えさえすれば良かったかも知れない。
「どうもこうもないよ。僕はずっとキミが好きだよ。キミもそうじゃないのかい?」
僕は紗矢香の視線を拾い上げながら、起こり始めた綻びにも似た、心のすれ違いを否定するかのように、そして確かめるように、自然体で問いかける。
「ごめん、私だって春風のこと大好きだよ……」
「ならさ……」
「でもね……今、どうしようもないほど、サーフィンへの熱い想いが止められないの。わかってくれるよね。やっぱり私にとってサーフィンは何よりも譲れないものだと気づいてしまったから」
そんなこと……わかってたよ。
だからさ、キミがそうあれるよう、そして僕が邪魔にならぬよう、そっとして来たんだ。
それ程までに、僕はキミが好きだったんだね。
「僕はこれからもキミがしたいことを精一杯応援して行くつもりだよ」
「……ありがとう、嬉しい。私、頑張るね」
良かった。
でも、何だろうか?
何かが足りない気がする。
……いや、そんなこと良いんだ。
これからも与えられるんだから。
でも……。
「ねえ、この先どんな感じなのさ?」
「どんなって?」
「キミが世界戦復帰に向けたシナリオについてさ」
「あっ、うん、九月下旬の全日本選手権で優勝するわ。そして協会の登録選手になって、オープン戦に参加。ここで上位に入ったら世界戦が見えてくるわ」
「紗矢香ならきっとらやれると思うよ」
それでこそ紗矢香だ。
頑張れ!
「ありがとう。今日は春風と話せて良かったよ。最近、連絡がなかったから、内心、私のこと忘れちゃったのかって……」
「そんなこと」
「あっ、そろそろ行かなきゃ」
「えっ? 予定があったの?」
「ええ……でも春風の顔を見たかったから」
席を立った紗矢香は、春風のそばに近づき、そっと頬にキスをした。
「またね」
と紗矢香は僕を見つめた。
「気をつけて」
と気遣いながら手を振る彼女を見送った。
柔らかな彼女の唇の感触と、髪のいい香りが、春風の気持ちをより複雑なものに変えていった。
でも、僕だって欲しかったんだよ。
キスや素敵な香りじゃなくてさ。
僕を見ているよって言葉がさ。
愛ってさ、無性に与えて欲しくなるものなんだね。
心は本当に正直だ。
相手に与えることができる喜びは、自分が与えられてこそできる喜びなんだね、きっと。
心の中を巣食う淋しい感情が、頬を伝って落ちたのを僕はその時知ったよ。
そして席を立ち、店の一階まで階段を降りていたことに気づいたのは、アルバイトに来ていた翔子と顔を合わせた時であった。
「来てたの、春風。ん? そんなセンチな顔して。今、紗矢香が出ていったけど、何かあったの?」
東堂満 最近俺、出番がないんだけどさ。
春風 クラス違うし、湘南ライドもないからね
東堂満 何とかならないんですか、先生!
中町 いやぁ、秀一郎の方が面白いからなぁ。
春風 次回は姉の翔子とのお話しらしいよ。
東堂満 俺を出してくれよ、何でもするからさ!
中町 神のみぞ知る、かな?
春風 神じゃないですよ、先生は!
雪 東堂くんはモブキャラにもなれないんだね。
東堂満 いとしのゆきちゃんまで、そんな・・・




