第312話 狼煙
ももは春風に迫る。
さて、お楽しみあれ。
ち、近すぎる。
ももさん!
悪い気はしないけど、
ちょいヤバし、
胸を押し付け過ぎてる!
このアラレもない姿を見るに見かねて、七瀬はこう切り出した。
「おいおい、ももちゃんよ。そいつぁお前さん、おもちゃいじりじゃねぇ、セクハラじゃねえのか?」
え?
いったい何が始まるの?
「そもさん!」
えっ?
ももさんなに?
「せっぱ!」
ええっ?
七瀬さんまで。
それはひょっとして、
一休さんの、
とんちですか?
「男がいい気持ちにされてるのに、それをセクハラだと言っちゃう人っているかしら?」
―おいおい、朝っぱらから何と言う非常識なとんち問答なんだよ。
それ、どう答えるんだ?
七瀬さんは……何かとんでもないことを口にしそうな……。
「あははは、そんなの簡単じゃんよ。ドMだよ、ドM。それしかあらへん!」
―こ奴は期待を裏切らへん、混じり気なしの本物だ!
ももの世界観では、まったく理解できないその神髄を問う。
「その……なぜドMと?」
ももさん、それ、聞きたいです!
「だってよ、普通に気持ちええのがよ、飽き足らねえって言うんだぜ。それってドMに取っちゃこの上ない恥辱なはずだからよ、至極でねえことイコールセクハラにならんかね?」
七瀬さん。
あなたって言う人は、どう言う思考回路をお持ちなんですか?
しかし、まぁ、そう考えるのも分からんでもないが……間違えない超えた発想だ。
「セクハラをSMになぞらえて定義するなんて、まさに変人域。希代稀に見る筋金入りの変態女王としか表現できない」
一方、ももは初めからこんな不毛な問答など気にもとめておらず、ただ一重に早乙女春風を独り占めしたいと企んでいたのだ。
みなみが声をかけた。
「春風、登校時刻って大丈夫なの?」
春風は慌てて部屋の中の時計を探した。
「あっ、もう行かなきゃ」
時計の針が八時十分前を指しているのを確認し、春風は「いただきます」と目の前に用意されたトーストを勢いよくかじり、スープで流し込みながら、あっという間にすべてを食べ切った。
「ご馳走様」
「春風、歯は磨いたの?」
みなみが声をかけると、
「あっ、歯磨きしてないや!」
と春風は慌てて洗面台に行き、歯磨きを始めた。
こころがみなみにそっと話しかけた。
「みなみ先輩、本当にいい感じですね」
「えっ、何が?」
「惚けないで下さいよ。早乙女くんといい感じじゃないですか?」
「そ、そう、なのかな?」
「年下の男の子って、可愛いですよね」
可愛いね。
その通りだね。
でもそれだけじゃない、よね?
えっと、傍にいると楽しい。
それで自転車の話をしている時は、盛り上がるし。
これまで私もガチで自転車乗ってきたから、春風が箱スパでガチになるのを応援したい。
「ねえ、みなみ先輩?」
「えっ、ああごめんね。可愛いよね、彼」
みなみ先輩、マジで恋する乙女になってるかも?
歯磨きを終えた春風がカバンを背負って玄関に向かう。
「行ってきます!」
春風の声に合わせ、ひなたちも元気な声で、
「車に気をつけてね」
「いってらっしゃい!」
と元気に返した。
出かけ間際に何か思い出したかのように、春風はみなみを見つけて、
「あっ、また授業終わってからラインします」
と声をかけて手を振りながら出て行った。
しばらくの沈黙
「みなみちゃんよ、やはりお主は隠れキリシタンであったようだな。もう言い逃れはできないぞ、ガハハハ……」
この七瀬の物言いに、周りは静まり返ってしまった。
ひなはニンマリ。
こころもニンマリ。
当のみなみはラインが楽しみ。
春風に胸を擦り寄せることまでしたももは、一人悶々としていた。
悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい、
悔しい過ぎるわ!
私の魅力で落ちない男はいないんですから!
みなみ先輩には悪いけど、早乙女春風は私がいただきますから!
お覚悟ください!
これはかつてセクシーアタックで春風を落とそうとした鎌倉学院女子寮時代の五十嵐天音を彷彿とさせる、女子用シェアハウスのモテ女・篠田ももの早乙女完全攻略戦に向けた狼煙であることを、まだ誰も知るよしもない。
もも 私がいただくわ!
七瀬 いただくとは何だ?
もも 女のプライドよ!
みなみ みなさーん、次回をお楽しみに!
もも もう、次回コールまでまた奪われた、もう!




