第303話 新たな生活が始まる
退寮の当日、春風は寮生に見送られ新居へ向かう。
その先に待ち受ける真実は如何に!
今日は土曜日、ついに女子寮を退寮するその日がやって来た。
「さあ、準備もできたようだし、出るとしようか」
首にタオルをかけた市川が、汗を拭きながら衣類の詰まった最後の段ボールを運び出した。
春風は最後に愛車のコルナゴV3RSを運び出しながら、思い出を残した管理人室に一礼したあと、階段から見送る寮生たち、玄関から道路へと続くスロープの脇に並びながら握手を求める寮生たちに答えながらサヨナラを告げる。
そして女子寮にも深々と一礼をしたあと、市川のワンボックスカーの近くで春風を待っていた総長や詩織、そして学長の娘の山科楓との別れを惜しむようにお辞儀をした。
涙ぐむ春風に総長が、
「退屈な生活に飽きたなら、また、戻っておいで……みんなを見てごらん! これがキミの宝物だよ」
と言葉をかけた。
「……総長、いろいろあったけど、これまで本当にありがとう!」
また涙ぐむ春風の腕を叩き、
「頑張れ早乙女春風!」
「はい!」
その返事に寮生たちは一斉に言葉を発した。
「ありがとうございました!」
春風は皆に見送られながら、先に出発した市川の車について、自転車のペダルを回し出した。
「振り向いたら、ペダルを止めてしまいそうだな。さよなら、さよなら女子寮のみんな! 本当にこれまで楽しかったよ!」
春風は振り返ることなく、海岸線へと続く緩やかな坂道を下っていった。
海岸を右手に見ながら国道一三四号を逗子方面へと走り、稲村ヶ崎駅入口交差点で左折し、急な坂道を駆け上がったその先右手に春風の新居となるアパートが見えて来た。
市川先生のワンボックスカーが停まっているところまで辿り着く。
市川の隣に並び、春風は新居である建物を下から上へと眺めて首を傾げる。
「先生、ここなんですか?」
「あゝ……ここの筈なんだが?」
どう見ても一軒家。
「あの? ここはシーサイド稲村ヶ崎なんですよね?」
「うん、まぁ……ここ見てみ!」
市川は門構えのあるコンクリート壁に、シーサイド稲村ヶ崎の表札を見つけて指を指した。
「確かに……間違いないようですね」
ふたりはシーサイド稲村ヶ崎を見上げながら、大きなため息をついた。
そして市川は春風の顔を見ることもなく、
「また、しでかしたのかな?」
と呟く横顔に、
「そう……なんですかね?」
と力ない言葉を返しながら、またため息をついた。
「見たところ入口が一つしかない訳だから、女子寮の別れの寂しさが紛れるといいね」
またまた、意味がわからぬ解釈ではないですか?
まさか……二度も過ちを繰り返されるとは、やはり常人の域では計れぬ逸材なのか?
「まあ、ここに鍵はある訳だし、突っ立っていても拉致の空かぬ話、荷物を運び込むよ!」
乗り気のしない僕ではあったが、いつまでも途方に後くれている訳にもいかず、車の段ボールを部屋まで運び込んだ。
市川はバツの悪い顔をして、
「すぐ次のアパートと探すから、一時のことだからさ、ねっ!」
と言いながら、屋内に干された女性物の下着を恨めしそうに横目で見ながら、申し訳なさそうに市川は玄関から出て行った。
これは間違いなくシェアハウスだ。
しかも、大人の女性の香りだ。
洗面台には歯ブラシ五つあるし、生理用品なのか無造作に置かれている。
本当、これは超ヤバ過ぎるぞ!
僕が女性みたいな名前だから、ここの住人たちも、新入りが男だと知らずなんかな?
「あゝ、一難去ってまた一難。今度は寮長なんて肩書は通用せーへんから、どないしたもんか?」
そうとは言えどうにもならぬ状況を受け入れなければならなかった春風は、気持ちが鬱積したまま現実を避けるようにひとり部屋に籠り、眠り込んでしまった。
市川
二度も過ちを犯してしまったと?
春風
ええ、確実に!
市川
おかしいなぁ? 一人部屋と聞いていたしな。あっ? なんかどんな感じの部屋かと管理会社に聞いた時に、住人さんたちは元気な方ばかりですから心配入りませんよといっていたな。
春風
まっ、まさか、性別は女性に丸を?
市川
いや、そんなことあるもんか。確か女性の文言を二重線引いたつもりだが、下線に担っていたかもしれないな?
春風
先生、普通は男性に丸つけるものじゃないんですか?
市川
そう言えば、そうだね、結婚式の出席ハガキを意識したつもりはないけどね。
春風
次回「シェアハウスシンドローム」をお楽しみに!
市川
僕が代わりに入居してもいいんだけどね。




