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男も女も湘南ライドで恋を語る勿れ!  作者: 三ツ沢中町
第九章 僕が誇れる僕になる
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304/312

第302話 未来への分岐点

 女子寮退寮が導く春風の運命に、薄暗い雲がかかり始める。紗矢香の未来を応援したい気持ちとは裏腹に……春風に去来する思いとは?

 夕方六時のパーラー七里ヶ浜

 

 市川先生が会場を見渡した後、マイクを持ち話し始めた。

「それでは只今より、天野寛さんの祝賀会を始めたいと思います。会に先立ちまして、こちらの会場を用意いただいた店長はじめスタッフ様、ご協力誠にありがとうございました」

「パチパチパチパチ……」

 会場から拍手が湧き上がる。

「続きまして、本日の主役であられます天野さん、どうぞ!」

「パチパチパチパチ……」

「さあ、こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 天野は祝賀会に駆けつけてくれた皆をザッと見わたした後、マイクを右手に話しを始めた。

「あの、この度はわたくし天野寛、早乙女春風のためにお集まり、そしてお祝いいただき誠にありがとうございます」

 そう言い頭を下げた。

 春風も立ち上がり頭を下げた。

 すると会場から拍手や掛け声が響き渡る。

「わたくしはERCが大好きです……箱根スパイラルに移籍することになり、嬉しさ半分悲しさ半分の複雑な気持ちであります。本当にこれまで……ありがとうございました」

 そう言いながら、涙目をハンカチで拭き取った。

 市川がかまう。

「天野くん、ほら、もっとこう、あるんじゃないの?」

 天野は何かに気がついたのか、再び話をし始めた。

「すみません、もう一つだけお話しさせてください」

 その言葉に、会場が水を打ったように静寂に包まれた。

「実はERCに一人メンバーが加入することになりました」

 会場が騒ついた。

「では、紹介します。箕浦大輔さんです。こちらへどうぞ、箕浦さん」

 そう声をかけられた箕浦は、天野の隣に立った。

「箕浦さんは、この世界では山神と呼ばれる有名なクライマーです。この度、会社の転勤で藤沢市にお見えになりまして、活動拠点が江ノ島であるERCに加入したと言う訳です」

「初めまして。今月から加入すれことになった箕浦と言いますねん。天野さんの穴を埋められるよう頑張りますんで、よろしゅうお願いします」

 会場からの拍手の中、天野は箕浦と、市川は箕浦と厚い握手を交わした。

「そして、今日はもう一人の出世の報告がございまして、ERCのメンバーで鎌学一年生の早乙女春風くんが、箱根スパイラルの育成選手になりました。この場を借りて、おめでとうございます!」

「ありがとうございます!」

 市川が育成選手について説明を始めた。

「育成選手とは簡単に言えば、箱根スパイラルが次期メンバーとして(つば)をつけたということになります。将来性を見込み、自転車からレース遠征費まで丸ごとサポートを受けながら、実績を積んで行かなければならない箱スパの次期選手候補と言ったところです。例えば、南海大の川崎大河選手も育成選手であり、春風くんも彼と同じスタートラインに立っている訳です。ですから、頑張って箱スパのレギュラー目指して、いや、日本の自転車競技界のトップ選手目指して頑張ってください」

「いいぞ市川、よく言った!」

「春風、頼むぞ!」

「俺たちの誇りだ!」

 会場からは市川の遊説と春風の今後に対し、熱いエールが飛び交った。

 春風は照れながらお辞儀を繰り返した。


「それでは、乾杯に移ります……」

 

 

 自転車の世界に身を置くものなら、自転車競技で生計が立てられる一握りの存在になる絶好のチャンスを掴んだことになるのだが、春風はなぜか不安を拭えずにいた。

 箱根スパイラルに入団したいとあれ程強く願っていたのに、いざ現実を目の前にすると、臆してしまう。

 今のこの環境、ERCがどれほど僕にとって心強かったかを思い知らされる。

 あれ?

 知らず知らずのうちに、涙が……止まんなくなってる。

 

 桜山新一郎が乾杯の音頭をとる。

「ええ、天野さん、早乙女くん、よく頑張ったね、おめでとう。まぁ正直言って羨ましいけど、箱スパは力があるからと言って楽しく走れる訳でもないのかなと思える節もあります。辛くなったらいつでも愚痴を溢して下さい。楽しく走りたくなったら一緒に走りましょう。僕らは仲間なんですから……本当におめでとう。乾杯!」

「乾杯!」

 

 そうだ、僕には帰る場所があるんだ!

 

 春風はなぜか楽な気持ちになる。

 しかし、その道に踏み込めば踏み込むほど、距離が遠のいてしまう現実がある。

 

 それは紗矢香とのことだ。

 彼女がサーフィンに気持ちを注ぎ始めてから、僕は彼女を応援するどころか、サーフィンに嫉妬している自分がいた。

 話す機会や会う機会ががグッと減ってしまった。

 紗矢香の顔を見れていない。

 見えるのは彼女の背中だけ。

 そんな気分だ。

 僕が自転車に気持ちを向けたその分、彼女が見えなくなる不安。そして堂々と恋愛をするために女子寮を離れることになるが、これが本当に正しい選択肢だったのか?

 わからない。

 わからない。

 わからない。

 この会場にも彼女はいない。

 

 僕らの未来はどうなるのか?

春風 手に入れることと失うこと。表裏一体。

市川 何浸ってるんだ?

春風 人生の儚さ、刹那さ、世の無常。

市川 川柳のような、俳句のような?

春風 次回「新たな生活が始まる」

市川 見逃すなよな!

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