第301話 掴む未来と手放す未来
開かれた未来、それは明るく温かいものであるはず。今春風に訪れた未来は、春風に何をもたらすのか?
平日金曜朝の教室
「おはよう、早乙女くん」
「おお、おはよう常盤さん」
「あのさ、引越し明日だよね?」
「そうだけど」
「雪はクロハニ関係で忙しいみたいだし、ほら昨日から休んでるでしょ?」
「言われてみれば……」
「それでさ、紗矢香さんと引越し手伝おうって話になった訳よ」
「それはお気遣いどうも。でもね、その件は市川先生が車出してくれるみたいだし、荷物は自転車に教科書とか衣類だけだからね」
「じゃあ人工はいらないって訳ね?」
「まあ、そんなとこ。引っ越し終わったら内覧会でもやりますので、ぜひお越しくださいな」
「それはどうも。ところで引越し先を聞いてなかったね、教えてよ」
「ちょっ待って」
とスマホを出して、結奈に新居の住所をラインで送った。
「稲村ヶ崎?」
「そうらしい、駅で言うなら二駅先だけど、僕は基本自転車だからね。登校にかかる時間は十分から十五分くらいなもんさ」
「稲村ヶ崎と言えば……」
「何かあるの?」
結奈はふと思い出したことを口にする。
「私のお姉ちゃんも稲村ヶ崎に住んでるんだよ」
「そうなんだね、ご近所さんか」
春風は結奈に新居の外観をスマホで見せた。
「これなんだ」
「見せて見せて……なんか普通の一戸建てみたいね?」
「そうかなぁ?」
「しかし、なんか見覚えのあるようなないような……まぁ、引っ越し終わったら遊びに行くね」
「あゝお待ちしてるよ」
結奈が首を傾げながら席へと戻っていったあと、直様視線を背中に感じて春風は振り向いた。
「お前、朝から女子とイチャつくなんて、余裕かましてんじゃねえぞ!」
まただ。
また始まった。
その漢、羽柴秀一郎。
死ぬまで孤独を貫きそうな輩。
試験の成績を人生の価値基準とする、そして僕をターゲットに何かと挑んでくる秀才。
面倒な丸坊主。
「余裕? 何のことさ?」
「何のことだと? 今日は三教科の実力テストの日なんだぞ!」
春風は呆気に取られた顔をして、聞き返した。
「実力テストに準備がいるとでも?」
「何! 自立力テストこそ今現在のリアルな学力を計るもの。確かにお前には定期的テストで負けを喰らったが、見てろよ、真の実力者が俺様であることを広く知らしめてやるからな! 覚悟しておくんだな!」
やはり、
そんなテイストか。
秀一郎。
本当、
勉強バカというか、
学歴偏重の世界が生み出した、
まさに、
生粋のバカ一代。
「僕は気にしてないから、どうぞ、学年一位をお取りください」
「言われなくともとってやるよ!」
しばらくふたりは睨み合い、秀一郎は、
「やばし、貴重な暗記の時間が!」
と叫びながら自席に戻っていった。
「キンコンカンコン……」
「さあ、行きますか」
本日、夕方六時からパーラー七里が浜で、久々にERCのメンバー関係者が集まり、天野寛さんの箱根スパイラル入団を祝う会が開かれることになっていた。
もちろん、僕の育成選手となった祝いも兼ねているらしく、何だか落ち着かない気分になっている。
「よっ! どうしたのかな?」
「紗矢香さんか」
「ごめんねトライアルレースの応援行かなくて」
「いいよ、そっちも大会前だから練習あるんだろ?」
「そうね、世界戦に戻るための足掛かりとなる全日本選手権があるからね」
「僕もこれからは箱根スパイラルの母体ゲルニカから支援を受けながらレース出場だからから、プレッシャーがかかっちゃうね」
「お互い精一杯、夢に向かって頑張りましょ!」
紗矢香は春風を覗き込むようにして親指でグッドサインを出した後、サーフィン部のクラブハウスの方へと駆けて行った。
「夢に向かって?」
なんだろう。
この思い。
彼女が夢を叶えようとすればする程、溝が広がっていくような感覚。
未来を掴み走り出したふたりが向かう先には、いったい何が待っているのか?
一抹の不安と言うか、
寂しい気持ちが苛まれる感じだ。
春風の心を冷たい風が吹き抜けていった。
東堂 ええな、お前に風邪吹いとるわ。
春風 風邪じゃなくて風だろ?
東堂 そうだったな、失敬、噛みました。
春風 お前は八九寺か!?
東堂 いや、かみまみた。
春風 わざとだろ! ところで、それはどんな風だ?
東堂 至福の風に決まっとるやん!
春風 次回「未来への分岐点」お楽しみに!
東堂 なんか人生って、わからんもんやな?




