第300話 最後の女子寮物語
そして別れの刻は鎌倉学院女子寮にも訪れた。
春風の退寮の日が近づき、寮生たちが別れを偲ばんと食堂で寮長春風を囲む会が開かれた。
それぞれの想いが行き交う中で、総長は……。
夕暮れ鎌倉学院女子寮の食堂
「先生! 早く早く!」
食堂入口前の通路で、山科楓が左手を拡声器代わりにして、右手をこちらに向けながら振っている。
「遅くなってごめん!」
僕は駆け足気味に食堂へと駆け込んだ。
「パン! パパパパン!」
クラッカーで寮生が迎えてくれた。
僕は呆気に取られた。
「何? どうしたの?」
そう言いながら、周りを見渡した。
「早乙女寮長!」
「はい!」
と食堂の奥の方から僕を呼ぶ声につい反応し、大きな声で返事をしてしまう。
視線を呼びかけた先に送ると、そこには女子寮総長の華宮麗香ら役員が並んでこちらを見ていた。
「天野雫さんから報告を受けましたよ」
「えっ?」
僕はトライアルレースのこだとは思わず、笑みを溢しながらこちらを見ている雫ちゃんを見つけ、視線を預けながら首を傾げた。
雫ちゃんは両手をペダルを回すようにクルクル回し、その理由をゼスチャーして見せた。
総長は大きな声でこう言ったんだ。
「早乙女寮長が箱根山スパイラルの育成選手に指定されました。皆さん、拍手をお願いします」
食堂内に大きな拍手が湧き起こった。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
と大きな祝福の声が上がり、総長から挨拶の合図をもらった。
箱根スパイラルなんですけどもね!
「あっ、いや、突然の祝福に感激しております」
また、拍手が起こり収まる。
「僕にとってはとても嬉しい結果が頂けたことに感謝し、また、ここにいる皆さんに祝福頂けたこと、嬉しく思います」
と涙声になったところを、
「よお、寮長、泣くんじゃないよ」
と田中エリーが激を飛ばした。
「こんな嬉しい気持ちなのに、どこか寂しい気持ちなんです」
この言葉を受け、総長がこう話を切り出した。
「皆さんはもう承知していることだとは思いますが、早乙女寮長は来週にはこの鎌倉学院女子寮を卒業することになります」
僕は紗矢香と堂々と交際するために選んだこの退寮という選択肢ではあったが、その思いと同じくらい女子寮生たちと暮らしてきたこの五箇月間の思いが、突如、溢れ出して止まらない。
「……ほんと、これまで、みんな……ありが……とうございました」
ある者は俯きながら涙で頬を濡らし、またある者はスマホカメラを向け名残惜しむ姿が、僕の目にはハッキリ見えないほど涙に咽んでいたんだ。
「キミはみんなから愛されてたんだね」
そう呟く紗矢香の頬にも涙が伝う。
「さあ、みんな! 寮長に笑顔を贈りましょう」
麗香さん?
あなたも泣いてるの?
総長の周りに立っていた学年長らは彼女の潤んだ瞳に気づいた。
「悲しくて泣いてなんかいないわよ! 好敵手がいなくなることが残念で泣けただけなんだから!」
僕はそんな総長の目の前に立ち、手を差し伸べた。
総長は僕の手を握った瞬間、大粒の涙が流れ落ちた。
学年長たちも涙が止まらない。
あゝなんなんだろうか?
僕も涙が止まんないや。
思えばひょんなことから女子寮の寮長になった僕は、これまで色々な出来事に一喜一憂して来たんだ。
華宮総長との対立。
五十嵐天音さんとの出会いと別れ。
エリーさんとの掛け合いや、
あっ、リコちゃんとの騒動もあったっけな。
桜山カオリさん、
天野雫ちゃん、
詩織、
そして僕の大好きな神楽紗矢香とのすれ違いから始まった出逢い。
みんな、みんな僕の大切な宝物だ。
親元を離れて、不安な中でできた頼みになる仲間たち。
ありがとう。
嬉しいよ。
ありがとう。
夜の帳に食堂から聞こえる春風との別れを惜しむ寮生たちの声が、いつまでも絶えることなく響き渡り、暗い静寂に明るい余韻を残していた。
浅倉 総長? 涙は枯れましたか?
華宮 涙? 違うわよ、あれは汗よ!
エリ この写真が動かぬ証拠ですよ!
華宮 こら! すっぱ抜き! 削除よ削除しなさい!
浅倉 いいじゃないですか? 素敵ですよ!
エリ まっ、そういうことで!
華宮 もう! 次回……えっ? 決まってないの?
中町 三〇〇回を振り返っていました。
エリ 余韻に浸ってるようじゃ、
まだ小説家としては半人前ね!
中町 恐れ入ります!




