第297話 三人の強調
「まずは先頭を走る早坂について、キミはいったい何を知っているのかね?」
「……いえ、何も」
「フフ、アイツはな『逃げの早坂』の異名を持つ逃げ切り屋でな、ハイペースな展開を作り出しておいて、そのペースに乗じて逃げ切るのが真骨頂の選手や。もちろん奴はクライマーなんだがな。ロードに転身する前はトライアスロン選手をやっておって、心肺機能が異常に高く、その持久力で直近一年の出場レースはゴール手前で斜度が6%程度の登りで距離が六キロ程度なら、奴は逃げ切り勝利を納めておる」
「それじゃあ箱根も逃げ切るつもりなんですよね」
「そこだ。まず箱根は平均斜度が6.7%で、10%を超える長い坂が何度も現れる。ハイペースでの逃げ切るには厳しいコースだ」
「つまり、早坂さんが逃げ切るのは難しいと……」
「まあ、そうだな、小涌谷を超えてからは登りがキツくなるからな。そして、追走する成田と天野だが……」
「ふたりをご存知なんですか?」
箕浦は少し笑みを溢したあと、再び話しを始めた。
「じゃあキミに聞こう。このふたりが勝負どこと見ているポイントがわかるかい?」
「えっ?」
「……フフッ、そうか、キミは展開をシュミレーションできるほど、このコースのが特性を熟知してはいないんだな」
うるさいわい!
「じゃあ参考までに教えてやろうか? このコースには下りで休める場所がないから、まあ、斜度に差はあれどその先十キロを超えてからも6%から10%強の斜度のキツい登りが続く訳だ。となると彼らが乗っていたバイクだが、早坂と同じ入りをした場合、スプロケが十二段のワイドレシオなら、間違いなく坂を登り切る前に足の疲労で失速するよ。逆に早坂並みに高速域でのギアをクロスレシオに設定していたとしても、結局心肺機能の差で失速しちまうだろうな。つまり、この先同じペースで山登りをしたら勝負どころは現れんだろうな。彼らが追うのをやめるのならば、登り残り三キロあたりからが巻き返すことができるポイントになるんだがな」
「そんなことが?」
「そんなことだよ。登りではケイデンスを維持するためのギアの選択が重要になってくる。早坂のバイクは超軽量でな、ギアは常に登りで使うギア比が小さいクロスレシオに設定している。苦しい場面でも迷わずペダルを踏んでくるから、ふたりが同じように踏み込んでも、最後まで回し切れるか? 山登りの終わる三キロ手前で失速するはず」
「じゃああなたは、この減速する登りの終わり手前三キロで交わすつもりですか?」
「まあ、答え合わせをするつもりはないが、私も登りを売りにしているんでね、登りの残り三キロ地点で勝負をかけるつもりだよ」
「……なぜ僕にそこまで話を?」
箕浦がこうもペラペラと話した意図が読み取れない。
「キミがこれらの情報を聞いてどう動くのかを見たくてね」
なんて高飛車な。
「……」
「後ろを見てごらん」
そう言われて振り返る。
「今野さんのお出ましや」
「誰?」
「知らんのか?」
「どこまでもおめでたい奴だな」
余計なお世話や!
「今回の優勝候補の一人や。俺と並んでな」
すると今野がスルスルと春風に並びかけた。
「箕浦くん、こんなところで道草とは余裕やね」
「今野さんこそ、道草ですか?」
「まあね、早坂がロングスパートしよったからな。しかも成田くんや天野くんまで追っかける始末やから、我々も早めに仕掛けにゃならんだろ。なら、仲間が多い方が楽しいと思わないかい?」
「だから道草ですか?」
「あゝ……キミも一緒にどうだい?」
「僕もですか?」
「旅は多い方が楽しいと思わないかい?」
「今野さん、協調は違反なんじゃ?」
「協調やない、協力を超えた強調」
はっ?
なんそれ!
「どういうことですの、今野さん?」
と箕浦が問い返す。
「お互い協力するんやのうて、都合良く相手を利用するんや。結果、相手を風除けにしたり、されたりと、あくまで自分のためだけに相手を利用するんだ」
「なんか面白そう!」
と春風は晴れやかな顔つきで今野に同調した。
「そうやな、奴らを視界に捉えるまでは、それオモロいな」
「なら、強調成立やな」
三人はそう言いながら、横並び一線でペダルを踏み込んだ。
6%の勾配をもろともせず箕浦は先頭に出て、ふたりを引き離しにかかる。
今野と春風は縦一列になり、グングン駆け上がる箕浦について走る。
左に大きく直角に曲りながら、勾配は8%を超えるキツい登りに変わり、それでもグイグイ登る箕浦に今野が右側からグッと先頭を奪い、信じられない登坂力でふたりを振り切ろうとダンシングに入った。
僕は正直このふたりに負けたくない気持ちがメラメラと湧きあがり、ふたりの間にわって入り、三人が横一直線で駆け上がる。
すぐ後ろを走っていた箱スパの天王寺がドンドン引き離されて行く。
「V3の兄ちゃん、やるやんけ」
と今野が声をかけ、
「本当、やるやんか」
と箕浦も笑いが止まらんようになってきた。
「キミらにはまだ負けるつもりはないよ。ついて来れるか?」
とよりキツくなった勾配を今野はギアを上げてダンシング。
「まじか、あのおっさん!」
と箕浦が負けじと食らいつく。
そうこうしてる間に、三人は先を行くエディを捉え、一気に抜き去った。
「早乙女……三人でゴール前やっとんか?」




