第294話 旧知の中
チームふたり
火照り出した身体に心地よい風が吹き抜ける山道で、僕は隣を走る天野さんを一度だけ見やり、呟くように声をかけたんだ。
「天野さん、ありがとうございます!」
「どうした? 改まってさ」
「ここで走っていられるのは、すべて天野さんのおかげやと、本当感謝しています」
そんな人情まみれな話に天野はニヤリとして、
「まぁ、そう思ってくれてどうもだけどさ」
「えっ?」
「僕のおかげってんじゃなくてさ、自力でなんとかなってんじゃないかな?」
「自力で……」
「そうさ、助けられてなんかいないさ。自分で助かってるだけの話だよ」
「いや、自分でなんとかなんてできてないですよ」
「いやいや、そうなんだよ。自分を信じられなきゃ、助かるものも助からない訳だから、やっぱ自分の力で助かっているだけのことさ」
「ふふふ、トンチ問答みたいで何か面白いですね。でも、何となくわかりますよ、そう言うのは……」
僕は少しわかったような気がして、天野さんを見返した。
「それでは春風くん、僕らの本気見せてやろうぜ」
「はい!」
「じゃあ手始めに、先頭の景色でも拝みに行くべ!」
「じゃあ、僕が引きます」
「おう、頼もしいね、頼んだよ!」
「行くぜ! ウォォォー!!!」
天野と春風の二人組は、本格的山登りに入る一歩手前から、先頭集団の後ろあたり目指してにポジションを上げ始めた。
この動きに箱スパ鹿島も、天野のポジションに合わせるように前に上げていった。
「なかなかいい引きじゃない、早乙女ちゃん」
鹿島はそう独り言を口にしながらペダルを回し、天野の後にピタリとついた。
「交代だ! ここからは俺が引くから、振り落とされるなよ!」
「はい」
天野は第一先頭集団の後方に着けていたポジションがバラつくのを見計らい、意を決してペダルを踏み込んだ。
十五台前後の塊が縦長の集団に様を変え、天野と春風は先頭から八番手辺りに食い込みながら、協調組を追走する展開となった。
「あれ? 誰かと思えば早乙女くんやないの?」
エディだ!
また、お前か。
「驚かせんなや……後ろで埋もれてると思おてたわ」
春風はエディの戯れを無視をし続けた。
「ちょっとちょっと、耳聞こえんようになったんか? いや、そりゃあ無視やな。バイクのチューニングよくできてるみたいやけど、おかんに直してもらったんやないの?」
「なあ、お前さんよ!」
ここまで沈黙していた春風が口を開こうとする前に、天野が先に口を出したのだ。
「キミ、紳士とはとても言えたもんじゃないね。自転車に乗りのイメージ悪くすんの辞めてくれないかな」
「なんだと! こらぁ!」
僕は、この話のタネが自分にあるとわかっていたから、遠慮なく突っ込んで行ったよ。
「あのさ、勝負は道の上でつけようぜ、エディさん」
「そっ、そうだな」
「おい、エディ」
「はい、成田さん」
「いつまでも紳士ずらして道草食ってんじゃないよ!」
「……すみません」
そうエディを抑えこんだボスキャラっぽい選手は、続け様にこう言った。
「おい、若造!」
僕はその気迫に押されて声が上ずる。
「はっ、はい!」
「勝負は道の上でつけるんだったよな?」
「はい、そう……言いました」
と呟く僕。
「それじゃあ、お望みどおり決着をつけてやるよ」
と突然、天野がその男の名を口にした。
「いろはの鬼神、成田錠」
成田が口笛を吹いた。
「よくご存知で、天野展の弟くん」
と切り返した成田に天野はチッと舌打ちをした。
「相変わらずだな、成田!」
「お前もな、錠!」
とふたりは、緊張に包まれた雰囲気を吹き飛ばすかのように笑い出した。
エディも春風もこの状況が飲み込めず、ただふたりの会話に耳分を傾けたのだ。
「口が減らねえなぁ、お前は」
「お前こそ言ってくれるな、寛!」
ふたりはお互い肩を叩きながら、旧知の中であることを口に出した。
「じゃあ、こっから先は高校総体で着けられなかった一騎打ちの決着を参ろうか?」
「望むところだ、錠」
「じゃあ決まりだな」
「あゝ」
「それとコイツの無礼、代わりに謝ろう、V3RSのキミ、すまなかったな」
「あっ、いえ、大丈夫です」
「それにしても、なかなかいいバイクに乗ってるじゃないか?」
「ありがとうございます」
「そのバイクを手足のように操れるのなら、要注意だがどうだ?」
「彼はあなどれませんよ。なぜなら、私がそれ用にチューンさせてもらってますから」
「お前のチューニングだと? これは手強いな」
エディが成田に問いかける。
「そんな事になるんですか?」
「ふふっ、まぁ、彼の走りに合わせタイトに調整しているなら、バイクのポテンシャルからしてお前でも歯が立たないだろよ」
「そんな! こんな小僧に勝てないって言うんですか?」
「そうだな、あくまでそうであった場合だけどな」
「さあ、勝負をつけるぞ寛」
「了解だ!」
そしてレースは本格的登りのセクションを迎える。
五キロを通過した辺りから始まる我慢くらべの九十九折り。
そこからおよそ十キロを登り切り、イチコク(国道一号線)最高地点に到達する。
ここから十キロは真価が問われる区間につき、協調ライドは認めれていない。しかして、この先は個人の力で登り切ることになっているのだ。
「まさに登りの正念場だ!」




