第293話 箱根へ、いざ出陣!
レース本番
箱根山に集結した強者たちが凌ぎ合うトライアルレースには、箱根スパイラルのレギュラーメンバーも出走をすると公表されており、出走を待つ者たちは皆、集中力を高めていた。
開催に合わせた交通規制が開始されて一時間、いよいよレース開始の火蓋が切って落とされる頃、春風は天野寛から直前のアドバイスを受けていた。
「このレースには、箱スパの選手も混じっているのは知ってるよね?」
「もちろんです」
「その理由は?」
「理由……箱スパレベルのペースを作るため、ですか?」
「まぁ、それも当然あると思うが、狙いは別にあるんじゃないかな?」
「別に……ですか?」
グローブを嵌め終えた春風は、天野の顔を見やった。
「おそらく箱スパ選手は、各々が注目する選手をマークして、その力量を確かめに来るだろう」
「注目する選手を見定める、と言うことですか?」
「恐らくね、つまり単純な着順を決めるレースではないと言うことなんだ」
「でも速い選手が相対的に強い選手になるのでは?」
すると天野はすまし顔でチラシの話を持ち出した。
「ではトライアルのレース順位とメンバー入りの条件が紐付いた表記をキミは案内チラシで確認したのかい?」
「……あっ、いや確認はしてないですが……」
「そうなんだよ。今回のトライアルはクライマーを選ぶためのレースであるが、箱スパは総合力が求められるチーム故に選抜基準はクライム区間だけではないと言うことなんだ」
「と言うことは……コース内の登りじゃないポイントや、難易度の高い区間のタイムなんかを判定に用いるってことですか?」
天野は目を丸くして、
「本当キミは理解が凄いや!」
と春風を褒めながら、
「クライマー以外の高い能力も当然求めていくサディステックなチーム、それが箱根スパイラルなのさ」
と視線を先頭付近に位置する箱スパキャプテン眞露に向けた。
トライアルスタート
先頭でサイレンが鳴り、総勢五十名に登る強者たちが一斉にペダルを回し始めた。
このレースは箱スパのクライマー二名を決めるレースであり、メンバーに年齢制限はなく、春風のような高校生選手も出場しているらしい。
コースは箱根湯本駅付近から大平台のヘアピンカーブを抜け、小涌谷踏切から一号線最高地点を経由し、第一鳥居を抜けて箱根ミュージアムまでの往路、復路は往路を下る、箱根駅伝五区六区の箱根山部分に当たる。
先頭から最後尾まではおよそ一五〇メートルほどに連なり、天野さんと僕はやや後方に位置し、目の前の集団には箱スパの鹿島選手が後方からレース展開を伺っているようだ。
「よう! 久しぶりだね!」
スーッと後ろから並んだ派手なカラーリングのバイクに、春風は気がついた。
エディだな。
「あの時は絶望してたようだけど、ママのおっぱい飲んで元気になったかい?」
ムカ!
その時、前のバイクがエディの隣まで下がってきて、
「おい兄ちゃん、若者に随分な挨拶じゃねえか?」
「あなたは、鹿島さんですね、うわー光栄だなぁ」
「光栄だ? 油売ってる暇あったらさっさと前に行きやがれ!」
「へいへい」
とエディは猛スピードで走って行った。
「よう、寛!」
「ご無沙汰してます。鹿島さん」
「それに早乙女ちゃんじゃないの?」
「その節はいろいろご指導ありがとうございました」
「いいじゃない! その謙虚さ。ますます気に入った!」
「鹿島さん、ありがとうございました」
「おお、今の派手男か? ああ言うタイプは凹ましてやりたいが、まあ、バイクの勝負はバイクでってな」
「鹿島さんは今日はどんな役割なんですか?」
「よく聞けたな、早乙女ちゃん。企業秘密だと言いたいが、俺は案外口が軽くてな」
「いい時に話ができましたね」
「まあ、あれだ。注目選手の偵察とでも言っておこうか」
春風は少し恥ずかしげに、
「僕だとか?」
と呟いた。
「そうだな、と言ってやっても申し分ないくらい仕上がってるじゃないの? そのバイク」
「見ただけでわかるんですか?」
「わかるさ、そんで案外寛のチューニングだったりしてな?」
僕は目から鱗、いや、その後光に思わず首を垂れた。
いわゆるハロー効果って感じだ。
「なあ、寛よ!」
「はい」
「今日の目玉はお前だ!」
「機密事項でなくて?」
「言ったろ! 俺は口が軽いんだ……まぁ、そんなことはメンバーの誰もが当たり前過ぎて、言う気にもならないだけのこと。兄ちゃんの開もよ、口には出さねえがお前と走るの楽しみにしてやがったぜ!」
天野は敢えて鹿島に視線を合わすことなく、前を見据えて呟いた。
「じゃあ、待ってろって伝えてもらえますか?」
「いいじゃない! それでこそ天才クライマーの弟くんだ」
「やめて下さいよ」
「……そうだな、弟くんはないよな。じゃ改めて、孤高のクライマー天野寛よ、楽しませてくれや!」
「いいですよ、俄然気合が入りましたよ」
「早乙女ちゃんも楽しみにしてるぜ! 勝負はあの時のように冴えた奴、見せてくれや!」
「はい」
と僕も乗せられて大きな声で返事をしていた。
「じゃあな、この先のクライマックスでまた逢おうぜ」
鹿島はまた前の集団の先頭まで駆け上がって行った。




