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男も女も湘南ライドで恋を語る勿れ!  作者: 三ツ沢中町
第九章 僕が誇れる僕になる
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第291話 クロハニほへと

 ここは寮長室のとなりの管理室である。


「ねえねえ、お兄ちゃんいる?」

 ドアを開けっぱにしたままで、詩織が仁王立ちならぬ尼王立(におうだ)ちで中を覗き込む。

「こらこら、ノックくらいしなさい。躾のない()は世渡りを失敗するぞ!」

「そんな風に思ってる人の方が失敗するんじゃないの?」

 まさかお惚けさんて訳ではあるまいし……駄々っ子言って世渡りできるなら、孔子の礼節が尊ばれる訳がない。

 がしかしまぁここは、僕の方が年上なんだから、ちょっとばかしの大人の(たしな)みとして、寛容な切返しをしてやろう。

「例えばだ、兄さんがだな……」

「もういいよ」

 なぬ?

「人の話は最後まで……」

「せっかくお兄ちゃんにいい話を持ってきたんだけどなぁ〜」

「いい話?」

 いや、ちょっと待て!

 そんな誘い水に耳を貸したら、

 大人の嗜みどころか、狡猾さを露呈してしまうじゃないか。

「これなんだけどね、エスハニのプレミアライブショーの招待券なんだ」

「これのどこ……」

「二枚だよ」

 ん?

「二枚?」

「そう、彼女さんと()()ちゃうよ。なかなか手に入らない代物なんだけどなぁ……」

 おいおい、どこぞのできた娘さんかと錯覚してしまったよ。

 躾がなっていないなんて失礼なことを、訂正させていただきます。

 本当、ご機嫌取るのが上手過ぎるよな。

 愛される存在になれるよ……君は。

「どうしてもお兄様にプレゼントしたいと言うのだな……次の土曜日は予定はなさそうだからな。さて、誰がライブに付き合ってくれるものか?」

「本当、素直じゃないよね。相手は紗矢香さんなんでしょ?」

「そうだなぁ、っておいこら待て、どうして紗矢香とのこと知ってんだよ?」

「ふふふ、そういう事はわかるもんなのよ、お兄ちゃん」


 

 プレミアライブショー会場

 

「ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンドンドンッ、ドンッ……」

「キャー、キャー、キャー……」

「凄〜い! 暗闇にサーチライトと重低音がリズムに合わせて動いていて、まるで幻想の世界だね」

「良かったよ、耳栓してて」

「えっ? 聞こえないけど!」

「うわっ、急にキャットウォークあたりの下からの照明が明るくなったよ」

「まるで幻想の世界に迷い込んだ見たいね」

 ん、まぁ何言ってるのかわからないけど、つまりこう言うのがライブってことなんだよな?

 それにしても周りの人たち、

 エスハニ衣装のコスプレさんばかりだ。

 周りはJKかJCか? 

 いや待て、JSまでいるじゃないか?

 エスハニ信仰、恐るべし!

「ねえ、あれ見てよ! 詩織ちゃんかしら?」

 紗矢香さん、何指差してんだ?

「詩織か?」

「ちょっと! めっちゃ可愛いの着てるよ! それに大人びて見えるわ、詩織ちゃん」

「馬子にも衣装」ならぬ、

真娘まごにも衣装」とはこのことだ。

「まぁ、躾だどうだこうだと捲し立ててみたが、こうやって社会で上手くやれている詩織を目の当たりにすると、自分の了見の狭さを突きつけられている気分だよ」

「何? 聞こえないんだけど」

「ああ、聞こえなくていいよ」

 

 人ってのは、ひょっとしたら、完璧でなくても良いのかもな……。

 与えられたことに前向きに取り組んでいれば、案外、それでオールOKなのかも知れない。

 この騒がしいライブに身を置きながらも、悩み込んでいた心が落ち着きを取り戻していく、そんな気分だ。

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