第289話 夏の終わりの哀愁
帰省戻り
二学期が始まる二日前のこの日、女子寮生たちは、漸く帰省先から帰ってきた。
「寮長、ただいま!」
と大きな声を上げて管理室に顔を出したのは、芸能科三年のグルメなエリーこと田中エリであった。
「お帰りなさい」
「寮長は実家に帰んなかったの?」
と聞かれたため、
「父には会いましたが、実家には帰りませんでした」
とそっけなく返答をした。
「てことは、父は実家にいないの?」
と話を掘り下げてきたため、
「父も実家に住んでますよ」
と言い、話を切り上げる素振りをした。
「じゃあ、寮長が警察に補導されたとか?」
もう、忖度してよ。
「補導されてませんから」
本当にエリーさんはしつこいなぁ。
まあ、見方を変えれば、芸能リポーター志望だけのことははあるのか?
ちょうどそこに総長の華宮麗香が通りかかり、何やら皮肉めいたことを口に出した。
「あら、エリさん。こんなに暑いのに、こんなところで油を売ってらっしゃると熱射病になりますわよ」
とエリを追い払うかの如く、強い口調で揶揄った。
エリーは春風に「熱射病になるそうだからもう行くわ」と言って部屋へと戻って行った。
その後も続々と寮生は戻り、夕食の時間を迎えた。
夕食どきの食堂
食堂ではガヤガヤと雑談で賑やかぶる寮生と対照的で、春風は少し俯き加減で昨日の箱根山でのことを思い出していた。
「春風くん、どうしたの?」
と聞き覚えのある声に顔を上げると、正面に紗矢香が座っていた。
「えっ……?」
春風は絶句し目を丸くした。
「どうしたの、寮長さん?」
その光景を見た寮生たちも皆、絶句した。
さすがの華宮総長も、これまで周りに馴染もうとしなかったあの不良娘が、どう言う心境の変化なのか、みんなが集まる食堂で楽しそうに食事を取っていることに驚きを隠せなかった。
「総長……ねえ、総長さんたら」
第二学年長の朝倉美穂が、華宮に声をかけた。
「えっ、あぁ……何かしら?」
「神楽紗矢香に何があったのかしら?」
「そんなこと知らないわ」
するとその会話を聞いていたスポーツ科でサーフィン部一年の北山萌がシュールに口を挟んだ。
「紗矢香先輩の本当の姿をお二人は知らないのですね?」
「ちょっと、どう言うことよ?」
萌は前髪をと整えるように触りながらこう答えた。
「二学期からのスポーツ科に編入が決まり、サーフィン部に入部されたんですよ。凄いでしょ」
「そうじゃないでしょうが、あなたが話した本当の姿のことを聞いてるのよ」
萌は斜に構えてこう言った。
「彼女は如月紗矢香なんです」
「如月?」
と華宮が聞き返したところで、美穂が声を上げた。
「えっ! 私知ってますよ。天才サーファーで海外の大会で活躍していて……だったかな?」
「浅倉先輩、正解です」
それを聞いた華宮総長は、合点がいった顔つきでこう話した。
「彼女が普通科でなぜ女子寮にいたのか? ずっと疑問に思ってたんだけど、そう言うことだったのね。でもなぜ、普通科だったのかしら?」
その疑問は萌に向けられた。
「そこのところは詳しくは知りませんが、紗矢香さんは進学直前にサーフィンで事故を起こしていました」
華宮総長は彼女に複雑な事情があったことを知り、
「何となくわかったわ」
と紗矢香を見やった。
「そうだ、紗矢香さん」
「ん?」
「この間の事故のこと、ご心配をおかけしました。それに、翔子さんが姉だったことも……」
「いろいろと事情はあったのかも知れないけどね、これからは関係を大切にしないとね」
「そうだね、ありがとう」
そんな話をしながら食事を取り終えた紗矢香は、去り際にこう話しかけた。
「サーフィン頑張るから、春風も自転車頑張って! じゃあ!」
その瞬間、なぜかふたりの心にちょっとだけ距離を感じたためか、
「そう……だね」
と無機質な言葉が口をついた。
何だろう、去来するこの虚しい感覚は?
順調に進むべき道を歩み始めた紗矢香を喜ばしく思う反面、なぜか自分が取り残されていくような感覚。
こんなに脆かったのか?
箱根山の一件から自信を失ったことで、彼女の頑張りを後押しできずにいる情けない自分よ。




