第280話 祐一の思い
十六年前の明生と祐一
「ちょっと相談したいことがあって、このあと時間いいか?」
「珍しいな、お前が相談なんてさ……じゃあ、いい店あるからそこでどうだ?」
「あゝすまんな」
当時、東京本社に勤務していた真田明生は、名古屋支社から出張に来ていた同期の早乙女祐一を連れ、とある居酒屋に入った。
「ガラガラガラ」
「いらっしゃいませ」
「どうも」
「あら、真田さん……そちらはお連れさん?」
「ええ、久しぶりの再会ってとこですかね」
「なら、奥の座敷空いてるからどうぞ」
「ありがとう、じゃあこの奥へ」
「ああ」
「お通しです。飲み物は何になさいますか?」
「ビールでいいか?」
「ああ、ビールで」
「はい」
「女将にいつものツマミって頼んどいて」
「わかりました」
座敷はボックスになっていて、周りに気兼ねなく話せる感じであり、ふたりは近況から祐一の相談へと話を進めた。
「まあ、まずは乾杯だ」
「乾杯!」
と再会を祝したあとビールで喉を潤おし、明生が話しかけた。
「ところでどんな相談なんだよ?」
祐一は握ったビールジョッキをテーブルに置いたあと、ゆっくりと口を開いた。
「美奈子が妊娠してからうつ症状があって、春風の出産後から調子を崩しているんだ」
「……そうなんだな。辛いところだな」
「それよりも困ったことがあってな」
「困ったこと?」
「美奈子の奴、どうやら浮気をしていたかも知れなくてな……離婚届を突き付けられたのさ」
「マジか? 相手は誰なんだ?」
「どうも名古屋じゃ名の知れた組の若頭らしくてな……白昼堂々黒塗りの車で自宅までやって来て、美奈子がその車に乗って行くところを近所の人が見かけたらしいんだ」
「おいおい、それ、どぉするんだよ!」
「美奈子は『二人の子はあなたの子だから、あなたが育ててください』と言って、子どもを引き取るつもりはないようなんだが……娘がお母さんが心配だからってついて行くと言って聞かないんだ。だから、どうしたら良いのかって……」
そんな祐一の抱えきれない悩みを聞いて、私はただ一言こう言ったんだ。
「堂島鉄心においそれと美奈子さんを渡すべきではないんじゃないか?」と。
「そうしたいのは山々だけど、美奈子を引き止めるのは難しいと思う。それに心配なのは堂島は美奈子の思いと違って翔子たちを養子として引き取る条件を出しているみたいなんだ」
「万が一、万が一なんだが春風くんは堂島の子ってことはないよな?」
祐一はジョッキに残ったビールを飲み干してこう言ったんだ。
「ああ、それはない筈だ。美奈子が堂島と知り合ったのは、彼女が妊娠して不安定になってからのことだから、間違いなく俺の子さ」
祐一は明生を睨むように、そう言い切った。
「なら、子どもは手放すな。子どもが不幸になっちまう」
「だが、名古屋じゃ、幼い子どもを仕事をしながら一人で見るのは厳しいかも知れんな」
「実家はどうだ?」
「岐阜か……そうだな母さんに協力してもらうか」
「でもな祐一、なんかおかしくないか?」
「何がだよ!」
「美奈子さん、なんか隠してるとか?」
「何を?」
「妊娠していて浮気? それもヤクザだろ? どこにそんな接点があるんだ?」
「俺の話を疑うんか?」
「いや、そうじゃなくてさ! 美奈子さんにもう一度聞き直したらどうなんだ?」
「……わかった。お前がそこまで言うんなら、聞いてみるさ……」
十三年前の明生と祐一の電話
「おめでとう」
「あゝありがとう」
「おふくろさん、ホッとしてるだろう?」
「あゝ、やっと岐阜に帰れるって喜んでいたさ」
「再婚相手は子連れなんだってな」
「そうだな、妹になるからな、春風にとっても良い環境になったんじゃないかな」
「ところで、あの男と美奈子さん、それに翔子ちゃんはどうなったんだよ?」
「あの時、お前が言った通り美奈子は前から堂島と知り合いだったよ。そうだ、堂島、美奈子に翔子は、今、お前の住んでる近くに越したらしい」
「小田原にか?」
「ああ」
「美奈子と翔子には、春風は交通事故で死んだと伝えてあるし、春風にも、ふたりは交通事故で死んでいるとして堂島に近寄らないよう布石をうっているよ」
「お前も苦労してるな」
「当たり前だ。子どもを失わないための苦肉の策さ」




