第 五 章 ゾ エ 〜 後 年 の 回 想
私が王妃様に初めてお会いしたのは、
⼀七九〇年の冬のことでした。
⽗が亡くなって⼀ヶ⽉もたたないうちのことでした。
⽗はベルサン・マルタンといって、宮廷に仕える執達吏でした。裁判所の命令書を届け、差し押さえの⽴ち会いをする、地味な仕事でした。真⾯⽬な⼈で、決して派⼿なことは⾔わず、毎朝早く出かけ、夜遅く帰ってきた。私はその仕事の内容をよく理解していませんでしたが、⽗が誠実な⼈であることはわかっていました。
⽗が倒れたのは、秋の終わりでした。働きすぎでした。弱い体を根性で動かし続けた⼈でした。医者は⼿の施しようがない、と⾔いました。
私には⼆⼈の姉がいました。上の姉はシャルロット、その下がアデル。私がゾエ。三姉妹でした。
⽗が亡くなると、私たちには何もありませんでした。⺟はずっと前に亡くなっていましたから、頼れる⾝内が誰もいなかった。⽗の同僚たちは同情してくれましたが、三⼈の⼦どもを引き受けられる⼈はいませんでした。
そのとき、思いがけないことが起きました。
王妃陛下が私たちを引き取る、とおっしゃったのです。
⽗の同僚の⼀⼈が、宮廷に伝えたのだと聞きました。王妃陛下は以前から、恵まれない⼦どもたちへの援助をしておられたそうで、私たちの話を聞いて、「会いたい」とおっしゃったのだそうです。
チュイルリー宮殿で王妃陛下にお会いしたとき、私は七歳でした。
王妃陛下は思っていたよりずっと普通の⽅でした。もっと遠くて、冷たくて、⼿の届かない⽅だと思っていましたが、しゃがんで私たちの⽬の⾼さで話してくださいました。
「あなたたちのお⽗様のことは聞きました。誠実な⽅だったそうですね」と王妃陛下はおっしゃいました。
私は泣きそうになりましたが、こらえました。
「私が⾯倒を⾒ましょう。シャルロットとアデルは修道院で教育を受けてもらいます。費⽤はすべて私が持ちます。そしてゾエ、あなたはここに残りなさい。シャルルの遊び相⼿になってあげて」
シャルル殿下——ルイ=シャルル殿下は、私と同い年でした。七歳の男の⼦。はじめて会ったとき、彼は私を⾒て少し照れたように笑いました。
私は王妃陛下の温かい⼿のことを、今でも覚えています。
別れ際に、王妃陛下が私の⼿を握ってくださいました。その⼿が、温かかった。⼤⼈の⼿は冷たいことが多い。でも王妃陛下の⼿は温かかった。今も時々、その感触が⼿のひらに蘇ります。
⾰命の嵐が来て、多くのものが失われて、それでも私の⼿の中に残っているのは、あの温かさだけかもしれません。
⾔葉では⾔い表せないものが、確かにあった。
それだけは確かです。




