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青い目の子どもたち ーーマリー・アントワネットと、⾰命の時代に⽣きた⼦らの物語  作者: はまゆう


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第 四 章 ア ル マ ン

⼗⼆歳になった頃、僕は⾃分がここにいる理由を考えるようになった。

マリーさまが僕を拾ったのは偶然だった。⾺⾞が⽌まらなければ、あのまま通り過ぎていた。僕が街道の真ん中に⽴っていなければ、出会うことさえなかった。

偶然で変わった⼈⽣を、⼈はどう⽣きるべきなのか。

答えはわからなかったが、問いは⽌まらなかった。


僕には師匠がいた。アベ・ドバックという神⽗で、王の⼦どもたちにラテン語と哲学を教えていた。彼は僕のことを最初、余計者を⾒るような⽬で⾒ていた。しかし僕が授業中に黙って聞いているだけでなく、本を読んで準備してくることがわかると、少し態度が変わった。

「アルマン」と彼は⾔った。「君は哲学に向いているかもしれない」

「哲学とは何ですか」と僕は問い返した。

「問いを⽴て続けることだ」

その答えを、僕はずっと覚えていた。

哲学だけでなく、僕はこの頃から歴史を読むようになった。フランスの歴史、ヨーロッパの歴史、そして⾰命と⺠衆の歴史。ヴェルサイユの書庫には本が無数にあった。僕は夜、蝋燭の明かりで本を読んだ。

読んで、知るたびに、何かが重くなっていった。

ヴェルサイユの外の世界のことが、書かれていた。パリの⺠衆の貧しさ。パンの値段。

⾰命の芽。マリーさまが毎夜宴を開き、ルイさまが狩りに出かけているあいだ、外ではそれとはまったく違う世界が動いていた。


僕は孤児だった。あの⽼婆の建物で育った。パリの路地を知っていた。腹が空く感覚を知っていた。⽯畳の冷たさを知っていた。今の僕は絹を着て、宮廷料理を⾷べ、柔らかい寝台で眠っていたが、あの感覚は消えていなかった。体の奥底に、ずっとあった。


宮廷の貴族たちは僕を、好意的に⾔えば「変わった育ちの⼦」として⾒ていた。悪意を持って⾔えば「王妃の気まぐれで拾われた路地の⽝」として。どちらの視線も、僕は感じていた。


⼗四歳のとき、庭師の息⼦と話したことがあった。彼は僕より⼆歳年上で、宮殿の外の⼩屋に住んでいた。名前はジャック。彼と話すのは楽しかった。彼は宮殿の外のことを知っていた。パリの話、市⺠の話、噂の話。

「王妃陛下は⺠衆に嫌われているぞ」とジャックはある⽇、何でもないことのように⾔った。

僕は何も⾔えなかった。

「浪費が激しすぎる、と⽗が⾔っていた。パン⼀個が買えない家族がいるというのに」

「マリーさまは——」

と僕は⼝を開いた。

「マリーさまはそんなに悪い⼈じゃない」

「お前が⾔う悪い⼈とはどういう意味だ?」

ジャックは笑った。笑い⽅は意地悪ではなかったが、問いは鋭かった。

「個⼈として悪い⼈かどうかと、王妃として正しいかどうかは、別の話じゃないか」

その問いは、僕の中にしばらく残った。

⻑い間残った。何年も。

マリーさまは優しかった。それは本当だった。僕を拾い、名前を与え、

「私の⼦」と呼んでくれた。その事実は変わらない。しかし、ジャックの⾔う「別の話」というのも、わかる気がした。わかってしまう⾃分が、少し怖かった。


僕には⼆つの場所があった。

⼀つは宮廷の中。絹と⾦と、礼儀と序列の世界。マリーさまのいる場所。もう⼀つは、本の中と、庭師の息⼦との会話の中にある、外の世界。どちらも本物で、どちらも僕のものだった。

その⼆つが、いつか⽭盾する⽇が来ることを、僕はうすうす感じていた。

でもそのときはまだ、その⽭盾を先送りにすることができた。


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