第17話 ゾ エ — — 名 前 を 変 え た ⽇
⾰命の嵐が激しくなって、私はパリを離れました。
王妃陛下とも、シャルル殿下とも、別れなければならなかった。
別れの⽇のことを、詳しく話すことはできません。今でも胸が痛いから。
ただ、王妃陛下が最後に私の⼿を握ってくださったことは、覚えています。
「⽣き続けなさい」と王妃陛下はおっしゃいました。
アルマン様と同じ⾔葉でした。
⽣き続けること。それが、あの時代に⼦どもたちに残せる、唯⼀の⾔葉だったのかもしれません。
私は名前を変えました。
ゾエ・ベルサン・マルタンという名前では、危険だった。王家と関係のある者として知られていたから。だから別の名前を名乗って、別の場所で⽣きました。
名前が変わると、⾃分が誰なのかわからなくなる瞬間があります。
朝、⽬を覚まして、⾃分を「ゾエ」と思ってしまう瞬間。すぐに別の名前に切り替えなければならない。その切り替えの瞬間に、あの頃のことがよみがえってくる。
チュイルリーの庭。積み⽊の笑い声。王妃陛下の温かい⼿。アルマン様の⻘い⽬。
それらを、胸の奥に閉まって、別の名前で歩いた。
⼈間は、名前が変わっても、記憶は変わらないのです。
むしろ名前が変わった分、記憶がより鮮明になる気がしました。失ったものの重さが、より⼤きく感じられた。
⽣き続けることは、時に苦しいことでした。
なぜ⾃分だけが⽣き続けているのか、と思う夜がありました。シャルル殿下は収監されて、幼くして亡くなった。王妃陛下は断頭台に。アルマン様は戦場に。なぜ私だけが、こうして⽣きているのか。
そういう夜には、アルマン様の⾔葉を思い出しました。
「何があっても、⽣き続けなさい。それが、⼀番⼤切なことだから」
その⾔葉が、私を⽀えました。
⽣き続けることが、彼らへの答えだと思うことにしました。⽣き続けることで、あの⼈たちの記憶を持ち続けることができる。覚えている者がいる限り、彼らは消えない。
それが私の、⽣きる理由になりました。
⽼いた今も、それは変わりません。
私が覚えている間、あの⼦どもたちは⽣きている。
王妃陛下は⽣きている。
アルマン様は⽣きている。
それだけが、今の私の仕事です。




