第15話 ア ル マ ン — — 最 後 の 冬
チュイルリーの最後の冬、僕はよく庭に出た。
⼈⽬を避けるために、早朝が多かった。夜明け前の庭は冷たく、静かだった。霜が降りていることもあった。
パリの空が、少しずつ⽩くなっていく。
その時間が、好きだった。
宮廷でも、街でも、⾰命でも、まだ何も動き出していない時間。ただ空が⽩くなる。それだけが起きている。
その庭で、ゾエと会うことがあった。
彼⼥も早起きだった。眠れない夜が多いのかもしれない。
積み⽊の話をした。シャルルの笑い声の話をした。他愛ない話を、冷たい朝の空気の中でした。
ゾエは賢い⼦どもだった。問いを⽴てる⼦どもだった。
「アルマン様は、⾰命が正しいと思いますか」とある朝、彼⼥が訊いた。
僕はしばらく考えてから答えた。
「正しい、という⾔葉は難しい。でも、変わらなければならない、とは思っている」
「変わることで、みんなが幸せになりますか」
「わからない」
と僕は正直に⾔った。
「歴史はそう約束してくれない。ただ、変わらないことの⽅が、もっと多くの⼈を不幸にする、とは思う」
ゾエは考えていた。⼦どもが真剣に考えるときの顔。額に少しだけ皺が寄る。
「でも、王妃陛下は」
と彼⼥は⾔った。
「王妃陛下は悪い⼈じゃない」
「そうだ」
と僕は⾔った。
「悪い⼈じゃない」
「じゃあなぜ」
「ジャックという庭師の息⼦が、昔教えてくれた⾔葉がある」
と僕は⾔った。
「個⼈とし
て悪い⼈かどうかと、⽴場として正しいかどうかは、別の話だ」
ゾエはまた考えた。
「難しいですね」
とようやく⾔った。
「そうだ」
と僕は⾔った。
「でも、難しいことを、難しいままにしておくことも、⼤切だと思う。簡単な答えで⽚付けると、誰かが傷つく」
その朝の会話を、今でも覚えている。
あの⼦はちゃんと⽣き延びてほしい、と思っていた。⽣き延びて、難しいことを難しいまま考え続けてほしいと。
それが僕の、彼⼥への願いだった。




