第十二話 ア ル マ ン — — 書 庫 に て
⼗四歳の冬、僕は書庫で⼀冊の本を⾒つけた。
ルソーの『社会契約論』だった。
ヴェルサイユの書庫に、なぜそれがあったのか、今でも不思議に思う。あるいは宮廷の誰かが持ち込んで、そのまま忘れていったのかもしれない。埃をかぶった棚の奥にあった。
読み始めると、⽌まれなかった。
「⼈間は⾃由なものとして⽣まれながら、いたるところで鎖につながれている」
その⼀⽂を、何度も読んだ。
⼈間は⾃由に⽣まれる。しかし社会の中で鎖につながれる。その鎖が何なのかを、ルソーは論じていた。僕は読みながら、⾃分のことを考えていた。
僕は⾃由に⽣まれたのか。
孤児として、誰にも属さずに、街道に⽴っていた⼦どもは、ある意味で⾃由だった。しかしそれは⾃由ではなく、ただの漂流だった。名前もなく、場所もなく、繋がりもなく、ただ存在していた。それを⾃由と呼ぶことはできない。
マリーさまが「乗せなさい」と⾔って、鎖をかけてくれた。愛情という、温かい鎖を。
その鎖のおかげで、僕は地に⾜がついた。名前を持ち、場所を持ち、学ぶ機会を持った。その鎖なしには、今の僕はいない。
しかし、と僕は考えた。
その鎖は、どこまで続くのか。
愛情の鎖は、いつか⾃分で選び直さなければならない、と思った。与えられた鎖のまま⽣きることが、本当に⽣きることなのか、という問いが⽣まれた。
アベ・ドバックにそのことを話すと、彼は少し間をおいてから⾔った。
「ルソーを読んだか」
「はい」
「それは、君の年齢で読むには少し早いかもしれない本だ」
「早すぎましたか」
「いや」と彼は⾔った。
「早すぎたが、読んでよかったかもしれない。問いを持つには、早い⽅がいい。ただ——」
彼は窓の外を⾒た。
「問いを持つことと、答えを急ぐことは、別にしなさい。問いは⻑く、⼤切に持ちなさい」
その⾔葉を、僕は⻑く守ろうとした。
守り続けた、とは⾔えない。
しかし、守ろうとした。




