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第98話 ナノマシンという言葉

 ナノマシン、という言葉を、カイは、何度も考えた。


 禁域から戻った後、資料室で、父の記録と、禁域で読んだ文字を、並べた。リュウとアサが、手伝った。セリも、医療の知識から、何かわかるかもしれないと、加わった。


「ナノマシンが、何なのか」


 カイが、並べた紙の上に手を置いた。


「禁域の板に、もっと、説明があるかもしれません。次に行ったら、それを、探します」


 だが、その前に、わかることもあった。カイは、自分の体のことを、思い返した。


「私は」「小さい頃、病弱でした。何度も、死にかけたと、母から聞いています。でも、ある時期から、急に、丈夫になりました」


「その時期が」「お父さんが、ナノマシンを投与した時期、ということですね」


「たぶん」



 セリが、カイの体を、改めて調べた。


「あなたの体は」


 カイの腕の、古い傷跡に、指を添える。


「普通の人より、傷の治りが、速いです。それは、前から、知っていました。気にしていませんでしたが」


「傷の治り」


「それから」「古代文字が、読める。禁域の認証に、反応する。普通の人には、できないことです」


「全部」「ナノマシンと、関係があるかもしれません」


 カイは、自分の手を、見た。これまで、何度も、怪我をした。だが、いつも、思ったより早く、治った。気にしていなかった。だが、それは、普通ではなかったのかもしれない。


「私の体が」「父の、投与したもので、変わっている、ということですか」


「断定はできません」


 セリが、指を折りながら数え上げた。


「でも、繋がっています。病弱だったあなたが、急に丈夫になったこと。傷の治りが速いこと。古代文字が読めること。認証に反応すること。全部、ナノマシンの、働きかもしれません」



 スズが、考えながら言った。


「つまり」「カイさんの中に、小さい薬師が、たくさんいるんですか」


 リュウが、一瞬、本気で考えた。


「小さい……機械、でしょうか。マシン、というのは、機械という意味かもしれません。ナノは、とても小さい、という意味かも」


「とても小さい機械が、体の中で、働いている」


 ミコトが、短く切った。


「比喩だ。本当に、薬師がいるわけじゃない」


「わかっています」「でも、そう考えると、わかりやすいです。カイさんの中の、小さい薬師が、傷を治したり、古代文字を読ませたり、しているんです」


 カイの体内に、小さい薬師がずらりと並んで、せっせと働いている。想像すると、なかなか、忙しない光景である。


「比喩としては、悪くない」「実際に、何が起きているかは、わかりません。でも、カイさんの体の中で、何かが、働いている。それは、確かです」


 カイは、自分の体を、見つめた。中で、何かが、働いている。父が、入れたもの。小さい、機械。それが、自分を、生かしている。



 カイは、複雑な気持ちだった。


「父は」「私を、助けるために、これを、入れました。感謝しています。生きているのは、父のおかげです」


「でも」


「でも」


 カイの声が、途中で落ちた。


「父は、禁を、破ったのかもしれません。禁域から、ナノマシンを、持ち出した。それは、してはいけないことだったかもしれない。父は、私を助けるために、してはいけないことを、した」


 誰も、すぐには返さなかった。


「それを、重いと、思いますか」


「思います」「私が生きているのは、父が、禁を破ったから。それは、嬉しいことです。でも、父に、重い荷を、背負わせた気がします」


「カイさん」


 セリが、まっすぐにカイを見た。


「前にも、言いました。生きていることを、謝る必要は、ありません。お父さんは、あなたを助けることを、選んだ。それは、お父さんの選択です。あなたの、責任ではありません」


「……はい」



 その夜、ガンが、カイのところに来た。


「ナノマシンのこと、聞いた」


 戸口に、無造作にもたれる。


「お前の体に、神代の機械が、入っているそうだな」


「入っているみたいです」「父が、入れました」


 ガンが、しばらく、黙った。それから、口を開いた。


「お前は、お前だ」


「え」


「機械が、入っていようが、入っていまいが」「お前は、お前だ。三年、一緒に、野廻りをやってきた、カイだ。それは、変わらない」


 カイは、少し、驚いた。それから、言葉が、胸に、染みた。


「……ありがとうございます」


「礼を言うことじゃない」「事実だ」


「ガンさんも、ミコトさんみたいに、『事実だ』と言います」


「うるさい」


 カイは、少し笑った。自分の体の中に、神代の機械がある。それは、自分を、普通とは違うものにしている。だが、ガンの言葉で、少し、楽になった。機械が入っていても、自分は、自分だ。三ツ辻の、カイだ。


「次に禁域に行ったら」「ナノマシンが、何なのか、もっと調べます。それから、父が、それをどこから持ち出したのかも」


「無理は、するな」「鍵は、後ろで守るもんだ」


「覚えています」


 夜の空に、標塔の頂部が見えた。カイは、自分の手を、もう一度、見た。中で働く、小さなもの。父が、入れたもの。それは、もう、自分の、一部だった。

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