第94話 隊商の損得と三ツ辻の損得
外部市で、銀縄隊が、商売をしている間のことだった。
三ツ辻の四人は、荷の見張りをしていた。すると、別の隊商の男が、近づいてきた。サリムとは、違う隊商だった。
「あんたたち、三ツ辻の者か」
男が、荷の脇に立った。
「噂を、聞いた。外の道の、地図を持っているそうだな」
「持っています」
ミコトが応じる。
「作っています」
「その地図を、売ってくれないか」
男が、身を乗り出した。
「いい値で、買う」
ミコトが、すぐには答えなかった。カイを見た。カイも、すぐには答えなかった。
「考えさせてください」
カイが、そう言った。
男が去った後、サリムが戻ってきた。
「あの男と、何を話していた」
「地図を、売ってくれと」
サリムの顔が、少し、険しくなった。
「気をつけたほうがいい」
サリムが、声を落とした。
「三ツ辻の地図は、価値がある。だが、価値があるということは、危ない人間も、寄ってくるということだ」
「危ない人間」
「地図を使って、悪いことをする者もいる」
サリムが続ける。
「どこに何があるか、どこが危ないか。それを知れば、隊商を襲うこともできる。だから、誰に、何を売るかは、慎重にしたほうがいい」
「サリムさんは、地図を、欲しがらないんですか」
「欲しい」
サリムが、あっさり認めた。
「だが、全部を、よこせとは言わない。教えられる範囲を、決めてほしい。それが、信頼だ」
カイは、サリムの言葉を、考えた。
「教えられる範囲を、決めてほしい」
カイが繰り返した。
「全部を、教えろではなく」
「そうだ」
サリムがうなずく。
「全部を教えろと言う者は、信用するな。教えられる範囲を、と言う者は、信用していい。相手の事情を、考えているからだ」
「サリムさんは、信用できますね」
「当然だ」
サリムが、胸を張る。
「三年の、付き合いだ」
「ドンと、同じくらいですね」
「鰐と、一緒にするな」
三年の付き合いという括りに、川の鰐まで含まれてしまった。サリム、心外の顔である。
カイは、少し笑った。だが、サリムの言葉は、重かった。三ツ辻の地図には、価値がある。その価値は、三ツ辻に、責任を負わせる。
「ドウさんに、相談します」
カイが、真顔に戻った。
「地図を、誰に、どこまで売るか。三ツ辻だけで、決めることじゃない」
その夜、野営の火を囲んで、カイは考えていた。
三ツ辻が、外の経済に、組み込まれ始めている。地図に、値段がつく。情報に、値段がつく。それは、いいことのはずだった。だが、同時に、危険も、寄ってくる。
「リュウさん」
カイが、火を見たまま言う。
「三ツ辻は、変わってきましたね」
「変わりました」
リュウがうなずく。
「最初は、ただの中継所でした。今は、地図と、情報を、売る場所になっています」
「それは、いいことでしょうか」
「わかりません」
リュウが、火を見る。
「でも、止められないと思います。三ツ辻には、価値がある。それを、求める人は、増えます」
ミコトが、火を見ながら言った。
「価値があるものには、責任がついてくる。地図を売れば、その地図で、何が起きるか、考えないといけない」
「重いですね」
「重い」
ミコトが、短く言う。
「だが、避けられない」
カイは、ドウへの報告文を、書き始めた。
これまでで、一番、丁寧に書いた。外の道で、見つけたもの。A番号、C番号。外部市の賑わい。地図を欲しがる隊商。サリムの言葉。
「カイさん、長いですね」
スズが、覗き込んだ。
「大事なことだからです」
カイが、筆を止めない。
「私たちが、外で見たことを、ドウさんに、正確に伝えないといけません。判断を、持ち帰る」
「判断を、持ち帰る」
「外で、何かを決められない時は」
カイが、報告文を見る。
「持ち帰って、みんなで決める。地図を、誰に売るかは、私一人では、決められません」
「カイさん、ドウさんみたいです」
「ドウさんに、教わりました」
報告文を書き終えた頃、リュウが、市で買った薬草を、嬉しそうに眺めていた。
「リュウさん、また、何か買いましたか」
「珍しい薬草です」
リュウが、包みを掲げる。
「三集落では、手に入りません。外部市にしか、ない」
「荷物の、空きは、ありますか」
スズが、即座に切り込んだ。斥候の目は、獣の気配だけでなく、荷物の空きも見逃さない。
リュウが、少し、固まる。
「……アサさんが、いないので、つい」
「アサさんがいたら、止められていましたね」
「止められていました」
リュウが、しょんぼりする。
「でも、これは、本当に珍しいんです。傷の治りを、早める薬草で——」
「三行で」
ミコト、スズ、サリムが、同時に言った。外部市でも、この号令は健在である。
「……はい」
リュウが、口をつぐんだ。
火を囲んで、四人は、少し笑った。外部市は、遠かった。だが、三ツ辻のやり取りは、どこにいても、同じだった。
カイは、火を見ながら、思った。三ツ辻は、外の世界と、繋がり始めている。それは、価値であり、責任でもある。だが、その重さを、一人で背負うわけではなかった。報告文を書いて、持ち帰る。みんなで、決める。それが、三ツ辻のやり方だった。




