第93話 A番号の意味
外部市の近くに、古い道標があった。
市の人に聞くと、「昔からある」という答えだった。誰が立てたかは、わからない。だが、その道標に、灰色の石が、組み込まれていた。
「これ、A番号の石です」
カイが、道標にかがみ込んだ。
石には、文字が刻まれている。サリムが前に三ツ辻へ持ってきた石と、同じ「A」の記号があった。
「道標に、組み込まれているんですか」
「組み込まれています」
カイが、土台を指でなぞる。
「道標の、土台の部分に。後から、誰かが、道標として使ったみたいです」
カイが、石の文字を、注意深く読んだ。これまでより、長い文字列が、残っていた。
文字を、追っていく。
「『経路』」
カイが読み上げる。
「『移動』。『構造維持』」
「経路と、移動」
ミコトが繰り返す。
「道に、関わる言葉だ」
「B番号は、環境でした」
カイが、指を折る。
「地温や、霧。Aは、経路、移動。つまり、道に関わる系統かもしれません」
「道」
横で聞いていたサリムが、腕を組んだ。
「隊商が、何百年も使ってきた道の下に、道に関わる古いものがある、ということか」
「断定はできません」
カイが慎重に言う。
「でも、A番号は、道の近くで見つかっています。サリムさんが持ってきた石も、道で拾った。この道標も、道にある。道と、関係があるのは、確かです」
リュウが、考えながら言った。
「整理すると」
リュウが、指を一本ずつ立てる。
「Bは、環境。地温、霧、草。Aは、道、経路、移動。Cは、地形。崖を支えていた。Fは、標塔」
「四つの系統が、それぞれ、違う役割を持っている」
「標塔は」
カイが、遠くの空を見た。
「いつも、遠くに見えます。高い柱。もしかしたら、標塔が、全部を、結んでいるのかもしれません」
「結んでいる、とは」
「わかりません」
カイが、地面と空を、交互に見る。
「ただ、標塔は、高い。遠くからでも見える。もし、A、B、Cが、地面の中の部品なら、標塔は、それらを、上から繋ぐ、骨組みのようなものかもしれない」
「大きな仕組みですね」
「大きいです」
カイが、市の向こうを見渡した。
「三集落より、外部市より、もっと大きい。世界全体に、広がっている」
サリムが、驚いていた。
「隊商は、何百年も、この道を使ってきた」
サリムが、足元の道を見る。
「だが、道の下に、こんな仕組みがあるとは、知らなかった。ただの、古い道だと思っていた」
「気づかなかっただけで、ずっと、あったんです」
カイが言う。
「三ツ辻の近くの標塔も、同じです。ずっと見えていたのに、誰も、気にしなかった」
「見えていたのに、気づかない」
サリムが、首を振った。
「不思議なものだな」
「近すぎると、見えないこともあります」
スズが、しれっと言った。第87話で、標塔Fを見つけた時に、自分で言った台詞である。本人は名台詞のつもりらしい。
「それっぽいことを、言うな」
ミコトが顔をしかめた。
だが、今回は、その通りだった。悔しいことに。
カイは、A番号の石の文字を、もう一度読んだ。
そして、一つ、気になる言葉を見つけた。
「ここに」
カイが、文字の一点を指で押さえた。
「『保存槽』と、あります」
「保存槽」
リュウが、顔を寄せた。
「禁域の中の、あの扉と、同じ言葉です」
「A番号の石に、保存槽という言葉がある」
カイの声が、少し硬くなった。
「禁域は、B番号です。なのに、A番号の石にも、保存槽という言葉がある。つまり、保存槽は、一つじゃないのかもしれません」
「あちこちに、あるということですか」
「わかりません」
カイが、石を見つめる。
「でも、A番号と、B番号、別々の系統に、同じ『保存槽』という言葉がある。何か、共通する、大事なものなのかもしれません」
リュウが、A番号の文字を、ノートに写した。
「これは、重要です。保存槽が、複数あるかもしれない。それぞれに、何があるのか」
「ユズキさんが、言っていました」
カイが、市の方を振り返る。
「保存槽を、不用意に開けるな、と。複数あるなら、その警告も、もっと重い意味を持つかもしれません」
道標の前で、しばらく、考えた。
A番号は道、B番号は環境、C番号は地形、F番号は標塔。それぞれが、世界に埋まった、大きな仕組みの部品。そして、AとBの両方に、「保存槽」という言葉がある。
「世界が、一つの仕組みなら」
カイがつぶやく。
「それは、誰が、作ったんでしょうか」
「神代の人間だろう」
サリムが、当然のように言う。
「二千年前の」
「二千年前の人間が、世界全体に、こんな仕組みを、作った」
カイが、道標を見上げた。
「なぜ、そんなことをしたんでしょうか」
「わからん」
サリムが、肩をすくめた。
「だが、あんたたちなら、いつか、わかるかもしれんな」
カイは、道標を見上げた。A番号の石。その奥に、世界の仕組みの、ほんの一部が、見えていた。だが、その全体像は、まだ、霧の中だった。
「帰ったら」
カイが決意する。
「全部を、一枚の地図に、まとめます。禁域、標塔、石柱、A番号、C番号。全部を、繋いでみます」
「広い地図に、なりますね」
「広い地図です」
カイがうなずく。
「三集落の、外まで、繋がる地図。誰も、持っていなかった地図です」
外部市の賑わいの中で、カイは、その地図のことを、考えていた。点が、増えてきた。次は、それを、繋ぐ番だった。




