第91話 外の野廻りと出会う
外部市まで、あと一日。
隊商は、小さな集落のそばを通った。三集落より、さらに小さい。家が、十数軒。畑が、わずか。だが、人が住んでいた。
その集落の入口で、一人の男が、隊商を見ていた。腰に、短い棒のようなものを下げている。三ツ辻の野廻り隊の、装備に少し似ていた。
「あの人」
スズが、そっと顎で示した。
「私たちと、同じような格好です」
男が、近づいてきた。サリムに、軽く頭を下げる。
「銀縄隊か」
男が、荷馬車の列に目をやった。
「外部市へ行くなら、東の道を使え。西の道は、最近、針鼠狼が出る」
「ありがとう」
サリムが応じる。
「あんたは」
「この集落の、道守りだ」
男が、集落を指した。
「集落の周りを、見回っている」
道守りは、三ツ辻の四人を見て、不思議そうな顔をした。
「あんたたちも、道守りか」
男が、四人の装備を眺める。
「だが、隊商と、一緒に歩いている。珍しいな」
「三ツ辻の、野廻り隊です」
カイが応じる。
「隊商の護衛で、外部市まで行きます」
「外部市まで」
道守りが眉を上げた。
「集落から、五日もある場所まで、行くのか」
「行きます」
スズが、あっさりうなずく。
道守りが、首を振った。
「俺たちは、集落の周りしか、回らない。獣が来ないか、道が崩れていないか。それを、見るだけだ。集落から、何日も離れることは、ない」
「最初は、私たちも、そうでした」
カイが、少し懐かしそうに言った。
「だんだん、遠くまで行くようになりました」
「なぜだ」
道守りが眉を寄せた。
「集落の周りを守るだけで、十分だろう」
「十分でした」
カイがうなずく。
「でも、外に出ると、もっと、いろんなものが見えます。それで、もっと外へ、行きたくなりました」
道守りは、しばらく、考えていた。
「変わった連中だ」
男が、腕を組んだ。
「だが、隊商が、護衛を頼むくらいだ。腕は、確かなんだろう」
「腕は、まだまだです」
スズが謙遜する。珍しい。
「でも、五人で、なんとかしています」
「五人」
道守りが繰り返す。
「一人じゃ、外には出られないか」
「出られません」
ミコトが、きっぱり言う。
「一人では、危ない。五人で、役割を分けて、進む。それが、私たちのやり方だ」
道守りが、スズの動きを見ていた。スズが、隊商の荷を、軽々と背負い直す。身軽な動きに、道守りが、感心した。
「あんた、身が軽いな」
「斥候ですから」
スズが、得意げに胸を張る。
その直後、足元の荷紐に、足を引っかけた。よろけて、荷を落としかけた。
ズルッ。
「記録する」
ミコトの筆が、素早く動いた。
「今のは、なしです」
「身軽だと、自慢した直後だ」
ミコトは容赦しない。
「記録する」
「ミコトさん、こういう時だけ、口数が多いです」
道守りは、外の集落で、初めて三ツ辻の日常掛け合いを目撃した者となった。感想は、地の文が代弁するまでもあるまい。
道守りが、別れ際に、こんな話をした。
「外部市の近くに、入ってはいけない場所がある」
「入ってはいけない場所」
カイが聞き返した。
「古い地下だ」
道守りの声が、少し低くなった。
「外部市の人間は、近づかない。昔から、入ってはいけないと、言い伝えられている。何があるかは、知らない。ただ、入った者が、戻ってこなかった、という話がある」
「禁域、ですか」
カイが、つぶやいた。
「何だって」
「いえ」
カイが首を振る。
「私たちの集落の近くにも、似た場所があります。古くて、入ってはいけないと言われている場所が」
「どこにでも、あるのかもしれんな」
道守りが、遠くを見た。
「神代の遺物だ。触らないほうがいい」
カイは、何も言わなかった。だが、心の中で、思った。私たちは、もう、触ってしまった。そして、触ったことで、いろんなことが、わかり始めている。
道守りと別れて、隊商は進んだ。
カイは、歩きながら、考えていた。三集落の近くにも、外部市の近くにも、「入ってはいけない場所」がある。どこにでも、ある。それは、世界のあちこちに、禁域のような場所が、散らばっているということだった。
「リュウさん」
カイが並んだ。
「外部市の近くにも、禁域みたいな場所があるそうです」
「どこにでも、あるんでしょうね」
リュウが応じる。
「禁域、標塔、石柱、崖のC番号。全部、世界中に、埋まっている。一つの集落の問題じゃ、ありません」
「世界全体の、問題だ」
カイは、自分たちが、もう、普通の野廻り隊ではないことを、改めて感じた。集落の周りを守るだけの、道守りではない。隊商と何日も歩き、外の集落と出会い、世界に埋まった謎を、追いかけている。
それは、特別なことではなかった。いつの間にか、三ツ辻の、当たり前の仕事になっていた。
「外部市は、もうすぐです」
スズが、前方を指した。
平原の先に、市の影が、かすかに見えていた。三集落の、さらに外。まだ見たことのない、人と物の集まる場所。カイは、少し、胸が高鳴るのを感じた。




