第89話 道の下に、古いものがある
二日目、隊商は、古い崖道に差し掛かった。
道の片側が、切り立った崖になっている。反対側は、深い谷だった。荷馬車が、一台ずつ、慎重に通る。
「この道、昔からあるんですか」
カイが、サリムに並んだ。
「ずっと昔からだ」
サリムが崖を見上げる。
「隊商が、何百年も使ってきた。誰が作ったかは、わからない。気づいたら、あった」
カイは、崖の断面を見た。岩の層が、いくつも重なっている。だが、ある一箇所、岩と違う色のものが、見えた。
「あれは」
カイが、崖の中ほどを指した。灰色の、金属のような光沢。岩の中に、何かが埋まっていた。
「石柱と、同じ素材です」
リュウが目を細める。
「崖の中に、埋まっています」
近づいて、見た。
崖の岩の中に、灰色の構造物の一部が、埋まっていた。長い、棒のような形。表面に、文字が刻まれている。
「読めますか」
ミコトが聞いた。
カイが、崖の縁に近づいた。足元は、谷へ向かって切れ落ちている。スズが、すぐにカイの帯を後ろから掴んだ。
「無理しないでください」
小声で言う。カイは、その手に支えられながら、身を乗り出して、文字を追った。
「C、です」
カイが指でなぞる。
「『C』という記号があります」
「C番号」
ミコトが息を吐いた。
「AでもBでもFでもない。四つ目だ」
「これは、何の役割でしょうか」
「わかりません」
カイが崖の中の構造物を見つめる。
「でも、崖の中に埋まっている。道を支える、岩盤の中に。もしかしたら、地形に関わるものかもしれません」
「地形」
ミコトが崖を見上げた。
「道の下に、こういうものが、埋まっている。この道が、何百年も崩れなかったのは、これのおかげかもしれない」
サリムが、興味深そうに聞いた。
「道の下に、そんなものが、埋まっているのか」
「断定はできません」
カイが慎重に言う。
「でも、崖の中に、古い構造物があります。それが、道を支えているのかもしれない」
「隊商は、何百年も、この道を使ってきた」
サリムが、自分の足元を見た。
「その下に、こんなものがあるとは、知らなかった」
リュウが、C番号の文字を、ノートに写した。
「B番号とも、A番号とも、F番号とも、記号の形が違います。同じ系統じゃないかもしれません」
「四つも、系統があるんですか」
「A、B、C、F」
ミコトが指を折った。
「Bは環境、Aは外の道の石、Cは地形、Fは標塔。それぞれ、違う役割があるのかもしれない」
「A、B、C、と来て、次はDですよね」
「そうとは限らない」
ミコトが即座に釘を刺す。
「Fが、もう出ている。順番通りとは、限らない」
「でも、Dも、ありそうですよね」
「ありそう、と、正しい、は違う」
スズの推理は、いつもこの一言で棄却される。
崖道を、慎重に進んだ。
カイは、進みながら、考えていた。崖の中のC番号。道を支える構造物。もし、これが本当に地形を支えているなら、これが壊れたら、どうなるのか。
「リュウさん」
カイが声を落とした。
「もし、このC番号が、道を支えているなら——壊れたら、道が崩れますか」
「可能性は、あります」
リュウがうなずく。
「でも、何百年も、もっています。すぐには、壊れないでしょう」
「禁域は、二千年、動いていなかった」
カイの声が、少し低くなった。
「でも、私たちが起こしたら、地温が変わりました。古いものは、何かのきっかけで、動いたり、止まったりするのかもしれません」
「縁起でもないことを言うな」
サリムが、横で顔をしかめた。
「この道が崩れたら、隊商は、困る」
「すみません」
カイが小さく頭を下げた。
「ただ、気になっただけです」
崖道を抜けると、視界が開けた。
なだらかな平原が、北西へ向かって続いている。その先に、外部市があるという。
「あと、三日です」
サリムが平原を指した。
「ここから先は、道が広い。荷馬車も、楽になる」
ミコトが、崖道の位置と、C番号の場所を、記録した。
「この崖道は、危ない。でも、重要だ。C番号があるなら、また調べに来る価値がある」
「帰りも、ここを通りますか」
「通る」
サリムが淡々と言う。
「この道しか、ない」
カイは、後ろを振り返った。崖道が、岩肌を縫うように続いている。その下に、C番号の構造物が、埋まっている。何百年も、道を支えてきた。だが、それが、いつまでもつのかは、誰にもわからなかった。
平原を進みながら、カイは思った。禁域も、標塔も、石柱も、崖のC番号も。全部、同じ素材で、別々の記号がついている。世界の、あちこちに、埋まっている。三集落の人々が、ただの遺物だと思って、見過ごしてきたもの。
その一つ一つが、繋がっているなら——世界そのものが、誰かの作った、大きな仕組みなのかもしれない。その考えは、まだ、ぼんやりとしていた。だが、外へ出るたびに、その輪郭は、少しずつ、はっきりしてきていた。




