第82話 三ツ辻に情報棚を作る
資料室が、手狭になってきた。
禁域の記録、危険生物の記録、隊商の道の記録、地図。三ツ辻が集めてきた情報が、増えすぎていた。棚はあるが、どこに何があるか、すぐにわからない。
「整理し直します」
ドウが棚を見回した。
「情報を、種類ごとに棚を分けます」
アサが、棚の前で考え込んだ。
「禁域棚、危険生物棚、地図棚、隊商棚。四つに分けます。それから、それぞれの棚の中を、新しい順に並べます」
「アサさん、整理が好きですね」
「好きです」
一拍遅れて、アサが続けた。
「集落では、片付けばかりさせられました。使えない子だから、片付けでもしていろ、と。でも、三ツ辻では、整理が、仕事になりました」
誰も、すぐには返さなかった。スズが、少し間を置いてから口を開いた。
「使えない子じゃないです。三ツ辻で、一番、整理が上手いです」
「……ありがとうございます」
いらない、と言われて渡された技が、拠点で一番必要な技になっていた。世界は、時々、ちゃんとしている。
ミコトが、棚の分類を手伝った。
だが、ミコトの分類は、細かすぎた。禁域棚を、さらに「入口の記録」「内部の記録」「文字の記録」「素材の記録」に分け、そのそれぞれを、日付順、場所順、重要度順に並べようとした。
「ミコトさん、それは棚ではなく、迷路です」
「正確に分けたほうが、後で探しやすい」
「分けすぎると、どの棚に入れたか、忘れます」
スズが札の一枚を指でつついた。
「『内部の素材の文字の記録』は、どこに入れるんですか」
「……それは」
ミコトが、少し詰まった。正確を突き詰めると、正確に迷う。測量の得意な人間ほど、棚では遭難する。
「ほら」
マタが、無言で棚を作り直した。ミコトの細かい分類を、四つの大きな棚にまとめ直す。札も、シンプルに書き直した。
「マタさん、ありがとうございます」
「(うなずき)」
マタが札を貼り終えた。
「マタさん、最近、うなずき以外も言いますよね」
「言う」
「二文字、言いました」
「成長だ」
ガンが横から口を挟んだ。誰かの二文字を、他人が成長と認定する。三ツ辻の会話は、時々、こういう分業で成り立っていた。
棚の整理が進むと、ドウが、難しい顔をした。
「困ったことがあります」
「何ですか」
「この情報を、誰が見ていいか、ということです」
ドウが棚の札を見比べた。
「禁域の記録、父の記録、カイさんの体のこと。これは、三ツ辻の中だけの話です。でも、隊商の道の記録や、危険生物の記録は、外の人にも役立ちます」
「分けるんですか」
「分けたほうがいいかもしれません」
ドウがカイに向き直る。
「外に出していい情報と、出してはいけない情報。それを、はっきりさせておかないと、いつか、間違えて漏らします」
カイは、父の記録のことを思った。父が禁域から医療を持ち出したこと。カイの体が鍵であること。それは、外に出してはいけない。だが、隠すことには、抵抗があった。
ドウが、カイの顔を見た。
「隠すのは、嫌ですか」
「少し」
カイは目を落とした。
「父のことを、隠すのは……父が、悪いことをしたみたいで」
「悪いことではありません」
ドウが首を振った。
「ただ、危ないことです。父の記録を、悪い人間が知ったら、カイさんを利用しようとするかもしれません。隠すのは、カイさんを守るためです」
守るために、隠す。父がやったことと、同じだった。カイは、その言葉を、静かに飲み込んだ。
その日の午後、サリムの隊商が来た。
銀縄隊が、北西の道から戻ってきたところだった。サリムが、ドウに何かを見せている。布に包まれた、小さな石だった。
「外の道で、見つけました」
サリムが布をほどく。
「変な石です。三ツ辻の人なら、わかるかもしれないと思って、持ってきました」
カイが、石を見た。灰色で、表面に文字のようなものが刻まれている。標塔や、禁域の素材と、同じ光沢があった。
「これは」
指先で表面をなぞる。
「石柱と、同じ素材です。でも、文字が、少し違います」
「読めますか」
「一部だけ」
文字を追う。
「B、ではないです。これは……Aです。『A』という記号が、刻まれています」
「A番号、ですか」
「これまで見つかったのは、全部B番号でした」
カイが石を光にかざした。
「石柱も、禁域も、B区画。でも、これは、A。別の系統かもしれません」
サリムが、興味深そうに聞いた。
「そのA番号というのは、何なんですか」
「わかりません」
カイは石を置いた。
「ただ、B番号は、環境に関わるものでした。地温が変わったり、霧が出たり。Aは、何に関わるのか、まだわからない」
「外の道には、こういう石が、いくらでもあります」
サリムが腕を組んだ。
「名前のない石、文字の刻まれた石。隊商は、ただの道標だと思って、気にしていませんでした。でも、三ツ辻の人にとっては、意味があるんですね」
「あるかもしれません」
カイがサリムを見た。
「サリムさん、もし、また見つけたら、場所を覚えておいてもらえますか。どこに、どんな石があるか」
「覚えておきます」
サリムがうなずいた。
「記録もしましょう。三ツ辻に、記録の習慣が、うつったみたいです」
石を道標としか思わなかった隊商が、石を記録し始める。この拠点の癖は、荷物より速く、道を伝っていた。
ドウが、その石を、新しい棚に入れた。「地図棚」の隣に、「外の石」という札を貼った棚を作る。
「外の情報も、集まり始めました」
ドウが札を撫でた。
「三ツ辻は、禁域だけじゃなく、外の世界の情報も、集まる場所になっていきます」
カイは、A番号の石を見た。B番号は、三ツ辻の周りの話だった。だが、Aは、外の道にある。禁域の謎は、三ツ辻の周りだけの問題ではないのかもしれなかった。
サリムが、帰り際に振り返った。
「次は、北西の外部市まで、護衛をお願いするかもしれません。外の道には、もっと、こういう石があります」
「外部市」
カイが繰り返した。三集落の、さらに外。まだ見たことのない場所だった。
「行ってみたいです」
「危ないかもしれません」
「でも、行けば、もっとわかるかもしれない」
カイは石に目を戻した。資料室の棚に、外の石が一つ、加わった。三ツ辻の情報は、少しずつ、外へと広がっていた。




