↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
80/110

第80話 禁域調査班を作る

 保存槽の扉を開ける準備が、本格的に始まった。


 扉は、複数で開ける仕掛けだった。くぼみが二つ、左右にある。だが、開けた後、中に何があるかはわからない。だから、開ける前に、拠点の体制を整える必要があった。順番が逆だと、扉の中で迷子になった五人を、誰も探しに来ない。


 ドウが、評議会で紙を広げた。前に作った「禁域入域体制」の紙だった。だが、今回はもっと細かい。


「禁域に入って、長く戻らない日が出てきます」


 ドウが紙の端を指で押さえた。


「保存槽の扉を開けるとなると、半日では済まないかもしれない。そうなると、拠点の体制を、もっとしっかり決めておく必要があります」


「班を増やすんですか」


「増やします」


 ドウが指を折り始める。


「入域班、留守番班、連絡班、食事班、記録班。それに加えて、見張り班も分けます」


 六つ。指が足りなくなる前に、混乱のほうが先に来た。



 班の名前を決めていくと、すぐに混乱が始まった。


「入域班は、野廻り隊の五人。留守番班は、ガンさん、クロさん、マタさん。連絡班は――」


「待ってください」


 スズが手を挙げた。


「私、入域班ですよね。でも、連絡もするかもしれません。それは、どっちの班ですか」


「入域班です」


 ドウが即答する。


「禁域にいる間は、入域班。連絡班は、拠点側で連絡を受け取る人です」


「ややこしいです」


「整理します」


 アサが、横で紙を書き直した。返事は一拍遅れたが、図にすると分かりやすかった。


「禁域の中にいる人と、拠点にいる人。それを、まず分けます。中にいる人が入域班。拠点にいる人を、仕事ごとに分けます」


「アサさんの図、わかりやすいです」


「……はい」


 アサが、少しだけ嬉しそうな顔をした。喋るより先に、線を引くほうが速い人間だった。



 ガンが、自分の班を聞いた。


「俺は、何班だ」


「禁域入域時、現地安全確認および留守番統括班です」


 ガンが、少し黙った。炭のはぜる音が、やけに長く聞こえた。


「……長い」


「正式な名前です」


「罠でいい」


「前にも、そう言いました」


 ドウが帳簿に目を落とす。


「では、留守番班の長、ということで。短く言うと、ガンさんが留守を仕切ります」


「それでいい」


 正式名称が三十字あろうと、この男が覚える気があるのは二文字だけである。


「自分は、何班ですか」


 クロが聞いた。


「クロさんは、留守番班です。ガンさんと一緒に、拠点の外周を守ります。それから、ガンさんが入域する日は、クロさんが入域班に入ります」


「両方やるんですか」


「両方です。人が足りないので」


「がんばります」


 クロは、素直だった。増えた仕事を、素直に背負う。この拠点で一番危ういのは、たぶんこの性格だった。



 役割が決まると、ドウが、もう一つ提案した。


「禁域から戻った日に、必ず報告をする時間を作ります。その日のうちに、何を見て、何を読んで、どこまで進んだか。記録班が書き取って、資料室に残します。後から、誰でも読めるように」


「毎回ですか」


「毎回です」


 ドウがリュウを見た。


「記憶は、薄れます。その日のうちに残さないと、後でわからなくなります」


「それは、僕の得意分野です」


 リュウの目が光る。この男に「毎回書け」と言うのは、水に「濡れろ」と言うようなものだった。


「記録は、リュウさんが書いて、アサさんが整理する。前に決めた通りです」


「整理は、私がします」


 一拍遅れて、だがはっきりと、アサが言った。


 ドウが、帳簿に書き込んだ。


「禁域調査時の拠点体制を確定。入域班、留守番班、連絡班、食事班、記録班、見張り班。戻った日の報告を義務化」



 評議会の後、カイは一人で考えた。


 班が増えた。役割が決まった。それは、いいことのはずだった。だが、カイは、少し寂しさも感じていた。


 ドウが、隣に来た。


「何か、気になることがありますか」


「いえ」


 カイが首を振る。


「ただ、班がたくさんできて……私たちがいない間も、三ツ辻が動くんだな、と思いました」


「動きます」


 ドウの声に、迷いはなかった。


「カイさんたちがいなくても、三ツ辻は止まりません。それは、寂しいことですか」


「少し」


 カイが正直に打ち明ける。


「でも、頼もしいことでもあります」


「両方でいいです」


 ドウが帳簿を閉じた。


「最初の頃、三ツ辻は、五人がいないと何もできませんでした。今は、違います。五人が禁域に入っても、拠点は回ります。それは、三ツ辻が、強くなったということです」


「……はい」


 寂しいと頼もしいが、同じ重さで胸にある。拠点が育つというのは、たぶん、こういうことだった。



 夜、カイは資料室に寄った。


 アサが、まだ棚を整理していた。今日決めた班の図を、棚に貼っている。


「まだ、やっているんですか」


「もう少しで終わります」


 一拍遅れて、アサが手を止めずに続けた。


「班の図を、誰でも見られる場所に、貼っておきます。新しい人が来た時、すぐにわかるように」


「新しい人が来ると思いますか」


「来ると思います」


 アサが札を一枚、貼り足した。


「三ツ辻は、増えています。私が来た時、十五人くらいでした。今は、二十人を超えています。これからも、増えます」


 カイは、棚を見た。班の図、禁域の記録、地図。三ツ辻が積み上げてきたものが、ここに集まっている。


「父の記録も、ここにあります」


「はい。禁域棚に、入れてあります。大事なものなので、一番上の棚に」


「ありがとうございます」


 アサが、最後の札を貼り終えた。


「終わりました。明日、保存槽の扉、開けに行くんですか」


「まだです。準備が整ったら。でも、近いです」


 窓の外で、ミルクとバターが眠っていた。三ツ辻の灯りが、資料室の棚を、静かに照らしていた。次に禁域へ入る時、三ツ辻は、もう五人だけの拠点ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。