第80話 禁域調査班を作る
保存槽の扉を開ける準備が、本格的に始まった。
扉は、複数で開ける仕掛けだった。くぼみが二つ、左右にある。だが、開けた後、中に何があるかはわからない。だから、開ける前に、拠点の体制を整える必要があった。順番が逆だと、扉の中で迷子になった五人を、誰も探しに来ない。
ドウが、評議会で紙を広げた。前に作った「禁域入域体制」の紙だった。だが、今回はもっと細かい。
「禁域に入って、長く戻らない日が出てきます」
ドウが紙の端を指で押さえた。
「保存槽の扉を開けるとなると、半日では済まないかもしれない。そうなると、拠点の体制を、もっとしっかり決めておく必要があります」
「班を増やすんですか」
「増やします」
ドウが指を折り始める。
「入域班、留守番班、連絡班、食事班、記録班。それに加えて、見張り班も分けます」
六つ。指が足りなくなる前に、混乱のほうが先に来た。
班の名前を決めていくと、すぐに混乱が始まった。
「入域班は、野廻り隊の五人。留守番班は、ガンさん、クロさん、マタさん。連絡班は――」
「待ってください」
スズが手を挙げた。
「私、入域班ですよね。でも、連絡もするかもしれません。それは、どっちの班ですか」
「入域班です」
ドウが即答する。
「禁域にいる間は、入域班。連絡班は、拠点側で連絡を受け取る人です」
「ややこしいです」
「整理します」
アサが、横で紙を書き直した。返事は一拍遅れたが、図にすると分かりやすかった。
「禁域の中にいる人と、拠点にいる人。それを、まず分けます。中にいる人が入域班。拠点にいる人を、仕事ごとに分けます」
「アサさんの図、わかりやすいです」
「……はい」
アサが、少しだけ嬉しそうな顔をした。喋るより先に、線を引くほうが速い人間だった。
ガンが、自分の班を聞いた。
「俺は、何班だ」
「禁域入域時、現地安全確認および留守番統括班です」
ガンが、少し黙った。炭のはぜる音が、やけに長く聞こえた。
「……長い」
「正式な名前です」
「罠でいい」
「前にも、そう言いました」
ドウが帳簿に目を落とす。
「では、留守番班の長、ということで。短く言うと、ガンさんが留守を仕切ります」
「それでいい」
正式名称が三十字あろうと、この男が覚える気があるのは二文字だけである。
「自分は、何班ですか」
クロが聞いた。
「クロさんは、留守番班です。ガンさんと一緒に、拠点の外周を守ります。それから、ガンさんが入域する日は、クロさんが入域班に入ります」
「両方やるんですか」
「両方です。人が足りないので」
「がんばります」
クロは、素直だった。増えた仕事を、素直に背負う。この拠点で一番危ういのは、たぶんこの性格だった。
役割が決まると、ドウが、もう一つ提案した。
「禁域から戻った日に、必ず報告をする時間を作ります。その日のうちに、何を見て、何を読んで、どこまで進んだか。記録班が書き取って、資料室に残します。後から、誰でも読めるように」
「毎回ですか」
「毎回です」
ドウがリュウを見た。
「記憶は、薄れます。その日のうちに残さないと、後でわからなくなります」
「それは、僕の得意分野です」
リュウの目が光る。この男に「毎回書け」と言うのは、水に「濡れろ」と言うようなものだった。
「記録は、リュウさんが書いて、アサさんが整理する。前に決めた通りです」
「整理は、私がします」
一拍遅れて、だがはっきりと、アサが言った。
ドウが、帳簿に書き込んだ。
「禁域調査時の拠点体制を確定。入域班、留守番班、連絡班、食事班、記録班、見張り班。戻った日の報告を義務化」
評議会の後、カイは一人で考えた。
班が増えた。役割が決まった。それは、いいことのはずだった。だが、カイは、少し寂しさも感じていた。
ドウが、隣に来た。
「何か、気になることがありますか」
「いえ」
カイが首を振る。
「ただ、班がたくさんできて……私たちがいない間も、三ツ辻が動くんだな、と思いました」
「動きます」
ドウの声に、迷いはなかった。
「カイさんたちがいなくても、三ツ辻は止まりません。それは、寂しいことですか」
「少し」
カイが正直に打ち明ける。
「でも、頼もしいことでもあります」
「両方でいいです」
ドウが帳簿を閉じた。
「最初の頃、三ツ辻は、五人がいないと何もできませんでした。今は、違います。五人が禁域に入っても、拠点は回ります。それは、三ツ辻が、強くなったということです」
「……はい」
寂しいと頼もしいが、同じ重さで胸にある。拠点が育つというのは、たぶん、こういうことだった。
夜、カイは資料室に寄った。
アサが、まだ棚を整理していた。今日決めた班の図を、棚に貼っている。
「まだ、やっているんですか」
「もう少しで終わります」
一拍遅れて、アサが手を止めずに続けた。
「班の図を、誰でも見られる場所に、貼っておきます。新しい人が来た時、すぐにわかるように」
「新しい人が来ると思いますか」
「来ると思います」
アサが札を一枚、貼り足した。
「三ツ辻は、増えています。私が来た時、十五人くらいでした。今は、二十人を超えています。これからも、増えます」
カイは、棚を見た。班の図、禁域の記録、地図。三ツ辻が積み上げてきたものが、ここに集まっている。
「父の記録も、ここにあります」
「はい。禁域棚に、入れてあります。大事なものなので、一番上の棚に」
「ありがとうございます」
アサが、最後の札を貼り終えた。
「終わりました。明日、保存槽の扉、開けに行くんですか」
「まだです。準備が整ったら。でも、近いです」
窓の外で、ミルクとバターが眠っていた。三ツ辻の灯りが、資料室の棚を、静かに照らしていた。次に禁域へ入る時、三ツ辻は、もう五人だけの拠点ではなかった。




