第78話 スズが帰り道を覚えすぎた
四度目の調査は、行き止まりの扉の先を、別の道から探すためだった。
通路は、一本道ではなかった。最初の部屋から、段差を越えた先の行き止まりの扉。だが、その手前に、横へ折れる細い通路があることに、前回ミコトが気づいていた。今日は、そちらを調べる。
「横道は、似た形が続きます」
ミコトが細い通路を指す。
「目印紐だけでは足りないかもしれない。迷わないように、二重に道を覚えます」
「二重、とは」
「私が札で記録します」
ミコトがスズを見た。
「それとは別に、スズが体で覚える。二つあれば、片方が駄目でも、もう片方で戻れる」
「体で覚える、というのは」
「匂いとか、足の裏の感じとか、空気の流れです」
スズが肩をすくめる。
「地図の外で、いつもやっていることです」
横道に入った。
ミコトが言った通り、似た形の通路が続いた。曲がり角がいくつもあり、どれも同じに見える。ミコトは、曲がるたびに札を置いた。札には、曲がった方向と、歩数が書いてある。
スズは、札を見なかった。代わりに、壁に手を触れたり、空気の匂いを嗅いだりしながら進んだ。
「ここ、さっきの場所と違います」
スズが、ある角で言った。
「同じ角だ」
ミコトが札を示す。
「札を見ろ。さっき置いた」
「でも、空気が違います」
スズが壁に手を這わせる。
「さっきの角は、左から風が来ていました。ここは、右からです」
「風の向きで、道を覚えているのか」
「覚えています」
「札のほうが正確だ」
「でも、札がなくなったら、終わりです」
スズが顔を上げる。
「風は、なくなりません」
最初は、二人の言い合いだった。
「札は記録だ」
ミコトが引かない。
「後から、誰でも読める。スズの感覚は、スズにしかわからない」
「札は、落とすと終わりです」
スズも退かない。
「水に濡れたり、風で飛んだり。感覚は、落としません」
「感覚は、間違える」
「札も、間違えます。さっき、一枚、向きが逆でした」
ミコトが、少し黙った。それから、自分の置いた札を確認した。一枚、確かに向きが逆だった。
「……直す」
「ほら」
「だが、お前の感覚も、証明できない」
ミコトが札を握り直す。
「右から風が来ていると言っても、私には確かめられない」
互いに一本ずつ取った。引き分けのまま、話が前へ進まない。
カイが、二人のあいだに入った。
「両方、使えばいいのでは」
カイが二人を交互に見る。
「ミコトさんの札で、誰でも読める道を残す。スズさんの感覚で、札が駄目になった時の保険にする。二つあれば、強い」
ミコトとスズが、顔を見合わせた。
「……それでいい」
「私も、それでいいです」
横道の奥に、もう一つ、扉があった。
行き止まりの扉とは、別の扉だった。こちらは、表面に文字がはっきり刻まれている。カイがランタンを近づけた。
「『外部記録保存』」
カイが刻みを追う。
「『保存槽』」
「保存槽」
リュウが繰り返す。
「何かを、保存する場所ですか」
「わかりません」
カイが手を扉に当てる。だが、開かなかった。
「この扉も、開きません。私だけでは足りない」
カイは、しばらく文字を見ていた。「保存槽」という言葉が、頭の中で、別の言葉と繋がった。父の記録にあった、「外を知る者」。
「父の記録に、『外を知る者』という言葉がありました」
カイが扉の文字を見つめる。
「もしかしたら、この保存槽と、関係があるかもしれません」
「外を知る者が、保存槽の中にいる、ということですか」
「断定はできません」
カイが扉に手を添える。
「でも、繋がっている気がします」
今日は、ここまでにすることになった。
扉は開かない。準備も足りない。スズが、自分から言った。
「ここまでにします」
「もう少し進めますよ」
「進めますけど」
スズが奥の暗がりを見やる。
「扉が開かないなら、進んでも同じです。それに、私たち、もう結構奥まで来ています。戻る道を、ちゃんと覚えているうちに帰ったほうがいいです」
「覚えているのか」
「覚えています」
スズが胸を張る。
「ミコトさんの札と、私の感覚、両方で。完璧です」
「完璧と言うな」
ミコトが釘を刺す。
「過信は危ない」
「では、たぶん大丈夫です」
「それでいい」
「完璧」を「たぶん」まで下げれば通る。この隊の安全基準は、そのあたりにある。
来た道を、戻り始めた。スズが先頭で、迷いなく進んでいく。ミコトが札を回収しながら、後をついていく。
「スズ」
ミコトが、途中で言った。
「はい?」
「お前、第60話で、地図の外で迷いかけたな」
スズが、少し止まった。
「……覚えています。あの時は、直感だけで動いて、危なかったです」
「今日は、迷わなかった」
ミコトが札を束ねる。
「札も使った。自分でも止まった。記録しておく」
「それ、褒めてますか」
「事実だ」
「ミコトさんの『事実だ』、やっぱり最近、優しいです」
「気のせいだ」
だが今度は、はっきりと口の端が動いた。もう隠す気もないらしい。
外に出ると、ガンが待っていた。
「全員いるな」
「います」
カイがガンに向き直る。
「保存槽、という扉を見つけました。でも、開きません。父の記録の『外を知る者』と、関係があるかもしれません」
「開けられそうか」
「複数で開ける扉です」
カイが手のひらを見せる。
「私一人では足りない。準備して、みんなで開けることになります」
「そうか」
ガンがうなずいた。
「なら、急ぐな。開け方がわかってから、開ける」
帰り道、スズが鼻歌を歌っていた。道を完璧に覚えて帰れたのが、嬉しいらしい。
「スズさん、機嫌がいいですね」
「迷わずに帰れました」
スズが鼻歌の続きを飲み込む。
「昔の私なら、奥まで行って、戻れなくなっていました。今日は、ちゃんと戻れました」
「成長ですね」
「成長です」
スズが得意げに言った。
「ミコトさんに、記録されました」
褒め言葉ではなく記録。だが本人には、勲章と同じ重さらしい。
森を抜けて、草地に出た。標塔が、空に見えている。保存槽、という言葉を、カイは考えていた。その中に、何があるのか。誰がいるのか。
まだ、わからない。だが、第1章の最後に、扉の名前だけは、はっきり見えた。




