第74話 入る係と、戻る係
禁域から戻った三日後、評議会が開かれた。
評議会室は、いつもより人が多かった。野廻り隊の五人、ドウ、ハナ、セリ、クワ、マタ、クロ、アサ。禁域に入った話を、拠点の全員で聞くためだった。火鉢に炭が入っていて、室内は暖かい。
「禁域に、一度入りました」
カイが切り出した。
「狭い通路でした。一部屋だけ確認して、戻りました。次は、その奥へ進みます」
「奥には何がありますか」
「わかりません」
カイが皆を見返す。
「だから、進みます」
ドウが帳簿に何か書いた。それから顔を上げて、室内を見回した。
「禁域に入るのは、五人の仕事です」
ドウが室内をぐるりと見た。
「でも、五人がいない間、三ツ辻をどうするかは、全員の仕事です」
ドウが、紙を一枚、机の中央に置いた。
そこには、すでにいくつかの言葉が書いてある。「入域」「留守番」「連絡」「食事」「記録」。仕事を割る前から、割り方が用意されている。この男の帳簿は、いつも一歩先で待っている。
「禁域に入る日は、拠点が薄くなります」
ドウが紙を指した。
「野廻り隊の五人が抜けるんですから。その日に獣が来たら、隊商が来たら、誰が対応するか。それを決めておきたい」
「ドウさん、考えていたんですね」
「考えていました」
ドウの筆が止まる。
「みなさんが禁域から戻るたびに、もし戻ってこなかったらどうするか、と考えます。考えたくないですが、考えます」
室内が少し静かになった。
「戻ってこなかった場合のことも、決めるんですか」
「決めます」
ドウが即答した。
「決めておけば、その時に慌てません。慌てると、二次被害が出ます」
話し合いは、思ったより早く進んだ。
入域するのは野廻り隊の五人。ただしガンは足の状態次第で、入口の外で留守を守ることもある。その場合、クロが代わりに入る。
留守番の班は、ガン、クロ、マタが交代で担当する。拠点の外周の見張りと、罠の確認。
連絡の手順も決めた。禁域へ向かう道に、目印の杭と撤退鈴がある。もし夕暮れまでに五人が戻らなければ、翌朝、留守番班が入口まで様子を見に行く。中には入らない。入口で待つ。
「中に入って探しに行かないんですか」
「入らない」
ガンの声に迷いはない。
「探しに入った人間も戻れなくなったら、損が二倍だ。入口で待つ。それが一番、生き残る確率が高い」
クロが少し考えてから、うなずいた。
「……わかりました。ガンさんが行くなら、自分は残ります」
「お前が入る日もある」
ガンがクロの肩を叩いた。
「その時は、俺が外で待つ」
「ガンさんが入口で待つ姿、想像できません」
「想像するな」
じっと待つ役が、この男に一番向いていない。本人が一番よく知っている。
食事のことになると、ハナが口を開いた。
「禁域に入る日の弁当を、議題に入れてください」
ハナが腕まくりのまま告げた。
誰も笑わなかった。ガンが口を開いた。
「笑うところじゃないのか」
「笑うところではありません」
ハナは真顔だった。
「食べないで帰ってこられるんですか」
「……帰ってこられない」
「だから議題です」
ハナが指を折って数え上げる。
「禁域に入る日は、片手で食べられる弁当を持たせます。中で立ったまま食べられるもの。それから、戻ってきた日は、温かい汁を必ず用意します。冷えた体で禁域から出てきて、冷えた飯を食べたら、体を壊します」
「ハナさん、それも考えていたんですね」
「私の仕事は食事です」
ハナが胸を張る。
「禁域の謎は私にはわかりません。でも、入る人と戻る人に飯を食わせることはできます」
世界の秘密には手が届かないが、胃袋には確実に届く。それがこの女の陣地である。
アサが横で、ハナの言葉を紙に書き留めていた。「禁域入域日:携行弁当。帰還日:温かい汁」。返事は一拍遅れて「……書きました」と来た。
記録の係は、リュウとアサが組むことになった。
リュウが禁域内部で見たもの、読めた文字、採取した粉を記録する。アサが、その記録を整理して資料室の棚に収める。
「僕が記録して、アサさんが整理する」
リュウが首をひねる。
「逆では駄目ですか」
「駄目です」
一拍遅れて、だがはっきりと、アサが答えた。
全員が少し驚いた。アサが、リュウにこんなにはっきり「駄目」と言ったのは初めてだった。
「……なぜですか」
「リュウさんの記録は、量が多いです」
アサが言葉を継ぐ。
「でも、どこに何があるか、後で探せません。整理は、別の人がやったほうがいいです」
「事実ですね」
「事実です」
「……反論できません」
「反論しなくていいです」
アサがまっすぐリュウを見た。
「私が整理します。リュウさんは、見て、記録してください。それが、リュウさんの一番いいところです」
リュウが、少し黙った。それから口を開いた。
「……ありがとうございます」
「アサさん、強くなりましたね」
スズが小声で寄ってくる。
「……はい」
一拍遅れて答えたアサの口の端が、ほんの少し上がっていた。遅れて返る「はい」の中身が、少し変わってきている。
評議会の終わり、ドウが帳簿に書き込んだ。
「禁域入域体制を記録します」
ドウが帳簿の頁をめくった。
「入域班、留守番班、連絡班、食事班、記録班。役割を決めました。これで、五人が禁域に入っても、三ツ辻は止まりません」
「班の名前が多いです」
ガンが眉を寄せる。
「俺は何班だ」
「留守番のときは、禁域入口現地安全確認班です」
ガンが少し黙った。
「……長い。罠でいい」
「罠班、と書きます」
「それでいい」
スズが「ドウさん、最初から罠班でよかったのでは」と言い、ドウが「正式な名前も必要です」と返した。正式名は帳簿のため、通り名は本人のため。両方あって困らない、というのがこの男の理屈である。
評議会室を出ると、夕暮れだった。資料室の窓に灯りがついている。アサが、今日決めたことを棚に書き写しているらしい。
カイは、ドウの言葉を思い出していた。戻ってこなかったらどうするか。父は、その問いに答えを残さなかった。一人で入って、一人で戻らなかった。
今の三ツ辻には、その答えがある。戻る道があり、待つ人がいて、戻ってきた日の温かい汁がある。
「次に入る日は、近いですか」
隣で、ミコトが顔を向けた。
「準備ができたら」
カイが夜空を見上げた。
「鍵はある。道もできた。あとは、戻る仕組みを試すだけです」




