第69話 カイの体の秘密
三ツ辻に戻った翌日、リュウとセリに相談した。
食後の食堂に三人が残った。ハナが鍋を片付け終わって別の小屋に移ったのを確認してから、カイが口を開いた。
「血縁確認という言葉が禁域の入口にありました。それと鍵、管理者認証という言葉も」
「入口の文字を読んだんですね」
「断片的に」
「その三つの言葉が、カイさんの体と関係あるかもしれない、という話ですか」
「ミコトがそう言っていました。仮説として」
「ミコトさんの仮説は信頼できます」
リュウが即座にうなずいた。
「根拠がなければ言わない人なので」
セリが静かに口を開いた。
「カイさん、あなたに確認したいことがあります。正直に答えてください」
「はい」
「三ツ辻に来てから、怪我をしたことがありますか」
「あります。何度か」
「治るのにどのくらいかかりましたか」
「早かったです。傷が小さければ翌日には塞がっていた。少し深い切り傷でも、三日もあれば」
セリとリュウが目を合わせた。
「普通はその倍かかります」
「他にありますか」
セリが続けた。
「普通ではないと感じたこと」
「疲れにくい、と言われます。長い巡回の後も、他の人より回復が早いと思います」
「それも実際に早いです。私が観察していました」
「観察していたんですか」
「医療担当として、当然です」
セリの声は淡々としていた。
「あなたを特別扱いしていたわけではない。ただ、数字が違っていた。記録していましたが、あなたには伝えていなかった」
「なぜですか」
「伝えることで何かが変わる必要があると判断した時に伝えようと思っていた。その時が来たようです」
リュウが紙を広げた。
「古代文字の読み取りも体の特異性です。あの文字が読める人間を、僕は他に知りません。カイさん以外に」
「なんとなく、わかる気がする、という感じです」
「なんとなく、ではないと思います」
リュウが身を乗り出した。
「なんとなくという感覚が生まれるのは、判断の材料が体に入っているからです。意識より先に体が処理している。それが『なんとなく』として感じられる」
カイは少し考えた。
「父から受け継いだ何かが、体の中にある、ということですか」
「可能性として、あります」
リュウが慎重に言葉を選んだ。
「父親が幼い頃のあなたに、何かをした。体の中に何かを入れた。それが今も働いている」
「何を入れたんですか」
「わかりません。でも――」
リュウが紙の端を折った。
「父親のメモにある言葉で、僕には読めないものがあります。カイさんが読んだ断片の中に、体や血縁に関係しそうな言葉はありましたか」
カイは父の記録を思い出した。「血縁」「鍵」という言葉は禁域の入口にあった。だが父のメモにも似たような言葉が――。
「父のメモを確認してみます」
「持ってきましたか」
「持ってきています」
カイが布袋から紙を出した。父の字が並んでいた。
読んだ。何度も読んだことのある紙だが、今日は目が違う場所で止まった。「継承」という言葉。その横に細かい記号。そしてその下に、「C・S・」という断片。
「……継承、という言葉があります」
「継承」
リュウが繰り返した。
「何かを受け継ぐ、ということですね。血縁確認、鍵、継承。つながります」
「つながりますね」
「カイさんは何かを受け継いでいる。父親から。それが鍵になる。禁域の管理者認証を通すために必要なものが、カイさんの体の中にある――そういう読み方ができます」
「できますが、確認できていません」
セリが釘を刺した。
「仮説として整理することと、事実として扱うことは別です」
「そうです」
リュウがうなずいた。
「仮説です。確認の方法を考える必要があります」
「確認する方法はありますか」
「今の僕には、わかりません」
珍しく、リュウの歯切れが悪かった。
「知識がありません。古代の技術の話なので、現在の医療で確認できるかどうか」
「では」
カイが二人を見た。
「今わかることとわからないことを整理して、次へ進みましょう。わからないことは、禁域の中で見えてくるかもしれない」
その話をスズに伝えた時、スズが腕を組んだ。
「カイさんはなんとなくで何でもできますよね」
「なんとなくは技術じゃないです」
「でもミコトさんも言ってました。カイさんの体の使い方は変だと」
「ミコトさんがそんなことを?」
「『説明できないが正確だ』と言っていました。あと『動き方の基準が違う、参考にしにくい』とも」
「それは……参考にしにくいというのは、困りましたね」
褒められているのか、扱いに困られているのか。ミコトの評価は、いつも境目が曖昧である。
「カイさんって禁域の前でも、石柱の前でも、同じ顔してますよね」
「顔が違いますか」
「全然違わないです」
「それは」
カイが少し考えた。
「怖くないわけではないです」
「でも顔に出ない」
「それは困ったことですか」
「困っているのは周りです。カイさんが大丈夫そうに見えると、安心していいのかどうかわからないときがあります」
カイは少し間を置いた。
「それは、すみません」
「謝らなくていいです」
スズが首を振った。
「ただ、怖かったら少しだけ言ってください。顔に出ない代わりに」
カイはまた間を置いた。
「……正確かどうかは自分ではわかりません」
「わからないんですか」
「体の動き方が変かどうかは、比べる相手がいないとわからない」
「じゃあ、変なんです。周りから見て変だから、変なんです。本人がわからなくても」
「そうかもしれません」
「怖い?」
カイはすぐに答えなかった。
「怖い、という感覚は正確にわかりません。知りたいという気持ちの方が大きい。体のことが怖いというより――父が何をしたのかを知りたい」
「なぜしたんでしょうね」
「子供のためだと思います。禁域に近づくために、自分だけでなく息子にも同じものを入れた」
「父親なんだね」
スズがぽつりと言った。
「普通の父親じゃないけど、父親だ」
「そうですね」
夕方、ガンが食堂でカイの向かいに腰を下ろした。
「体のことが動いているようだな」
「そうです」
「怖いか」
「スズにも聞かれました」
「答えは」
「知りたい方が大きい、と言いました」
ガンが少し黙った。炭の匂いが漂っていた。
「父親がお前のためにやったことだ。だとしたら、怖がる必要はない」
「怖がっているわけではないです」
「怖がっていないなら、それでいい」
ガンが腕を組んだ。
「俺には体の話はわからない。だが、禁域に向かう時にお前の体が必要なら、俺たちも一緒に行く。それは変わらない」
「ありがとうございます」
「礼は言わなくていい。何度も言わせるな」
カイは笑った。
「わかりました」
ミルクが食堂の外を横切った。白い体が夕暮れの中を通り過ぎ、草地の方へ消えた。何も知らない動きだった。カイはしばらく、その消えた方向を見ていた。




