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第61話 三集落合同評議会、初の同席

 三集落合同評議会は、年に一度開かれる。


 場所はその年ごとに変わる。今回はミナシロだった。ミナシロの集会所には、長い卓が三つ置かれ、それぞれの集落の代表者が座る。農地の水のこと、隊商の通行日、鉱石と薬草の交換量、危険生物の出没状況。三集落が互いに文句を言いながら、結局は話し合う場所だった。


 そこに、今年は三ツ辻の席があった。


 集会所の中は、外より少し暖かかった。土間に敷かれた厚い板は人の足で磨かれ、壁には乾かした藁の匂いが染みついている。奥のかまどでは湯が沸き、白い湯気が天井の梁に沿って流れていた。


 ミナシロの人間は藁の上履きで静かに歩き、カネヅカの人間は重い靴音を隠さず歩き、ハラダの人間は荷物を壁際に整えて置く。それだけで、三集落の違いが見えた。


「足音で出身がわかるね」


 スズが小声で耳打ちした。


「お前はそういうところはよく見る」


「褒めていますか」


「事実だ」


「最近、その返事が増えていませんか」


「便利だからな」


 この隊、ミコトの「記録する」と、ガンの「事実だ」で、大抵の褒め言葉が処理される。感情を出さずに肯定だけ届く、省エネの誉め方である。


 長い卓の端に、小さな卓が一つ足されていた。そこにドウが座る。


「小さくない?」


「席があるだけで十分です」


「でも、端です」


「最初は端でいいんです」


 ドウはいつもより背筋を伸ばしていた。帳簿と三ツ辻の記録板を持ち、筆も二本用意している。いつものドウだったが、顔は少し固かった。


 筆の位置は、何度も直されていた。帳簿の右、記録板の上、やはり右。インク壺の蓋を閉め、また開ける。ドウが緊張している時の動きだと、カイは知っていた。


「筆が逃げるわけではありません」


「逃げませんが、倒れるかもしれません」


「倒れたら拾います」


「評議会中に?」


「評議会中に」


 ドウは少しだけ笑った。「それは助かります」


「緊張していますか」


「少し」


「顔に出てる」


 スズが横から小声を挟んだ。


「顔は直せません」


「声は落ち着いています」


「それだけが今の拠り所です」


 その時、ヤエが後ろから声をかけた。


「それでいい。緊張しない人間は失礼な人間です」


 ドウが振り返った。「ヤエさん」


「緊張しているから、相手を見ようとする。自分が何を背負って座っているか考える。そういう緊張は持っていなさい」


「はい」


 ヤエはドウを上から下まで見た。


「服は悪くない。筆もある。顔は少し固い」


「顔は直せません」


「そのうち直るわ」


 スズが小声で「顔って直るものなんですか」とつぶやいた。


「表情の話だ」


「わかっています」


「本当にか」


「たぶん」


 この娘の「たぶん」は、わかっていない時の合図である。長い付き合いで、そこだけは全員が把握していた。



 評議会が始まると、三ツ辻の席があることに気づいた人々が、小さくざわめいた。


 ミナシロ、カネヅカ、ハラダの代表者たちは知っていた。だが、周辺の担当者や同行者の中には、事情を知らない者もいた。


「あの若い人は誰だ」


 カネヅカの年配の男が、隣に小声で問うた。


 ヤエが、聞こえる声で答えた。


「うちが育てた管理者です」


 ドウが筆を落としかけた。


「育てた、というのは」


「言い方が悪かったわね。三ツ辻が育った。その管理者です」


「ヤエさん」


「何か間違っている?」


「大きくは間違っていません」


 カジキが低く笑った。「ならいいだろう」


 訂正して、なお持っていかれる。ヤエの物言いに正面から勝った人間を、カイはまだ見たことがない。


 ナルセがうなずいた。「三ツ辻は、もう三集落の荷置き場ではない。人が住み、判断し、記録している。席が必要だ」


「短いだね」


 スズが隣のカイに小声で言った。


「今のうちだ」


 カイも小声で返した。


 案の定、ナルセは続けた。


「ただし、席があるということは、話を聞くだけでは済まないということでもある。三ツ辻で起きたことは三ツ辻が説明し、三ツ辻が決めたことは三ツ辻が責任を持つ。そういう意味の席だ」


「長くなった」


「予想通りです」


 ナルセはさらに話そうと口を開いたが、ヤエが湯呑みを卓に戻す音で止まった。


 こつん。


「今日は議題が多いの」


 ヤエが湯呑みを置いた。「要点だけにしよう」


 カジキが低く言った。「今のが要点ではなかったのか」


「要点に入る前の前置きだ」


「短くしろ」


 ハラダの同行者が、慣れた顔で筆を置いた。ナルセの話を長く聞く技術は、ハラダでは必須なのかもしれないとカイは思った。付き合いの長さが、あの落ち着いた手つきに出ている。



 最初の大きな議題は、危険生物の共同管理体制だった。


 針鼠狼を押し返したことで草毛獣が増え、草毛獣を追えば別の草地に移り、農地が荒れる。ハラダの薬草採集路、ミナシロの農地、カネヅカへの丘陵道、三ツ辻の中継路は、別々の問題ではなくなっていた。


 ドウは、三ツ辻評議会の記録を開いた。


「三ツ辻では、針鼠狼の縄張り、草毛獣の移動、嫌音鈴の設置位置を一枚の地図にまとめています。完全ではありませんが、三集落の報告を合わせれば、もう少し広い範囲を見られます」


「地図を出せ」


 カジキが身を乗り出した。


 ドウは用意していた写しを広げた。ミコトが測り、リュウが観察し、スズが歩いて覚え、ガンが罠の位置を書き込んだ地図だった。


 ヤエが目を細めた。「ミナシロの南畑の被害が、ここにつながるのね」


「はい。草毛獣の群れの一部が、三ツ辻の東側を通って南へ戻っています」


「なら、ただ追い返すだけではだめね」


「そうです。追う方向を決める必要があります」


 ハラダ側の担当者が「薬草採集路に寄せられては困る」と口を挟んだ。


 カネヅカ側の男が「丘陵道にも来るな」と続けた。


 ガンが小声でこぼした。


「どこにも来るなは無理だ」


 ドウがその声を拾った。


「どこにも来ないようにはできません。来ても被害が小さい場所へ流す、という考え方が必要です」


 ツキの言葉を、リュウが記録し、三ツ辻で何度も話し合った結果だった。


 ヤエがうなずいた。「三ツ辻の案を聞きましょう」


 ドウは少し息を吸った。


「三ツ辻から提案します。針鼠狼の縄張りを完全に押し広げるのではなく、一定の範囲で残す。草毛獣の群れが農地に入る前に、嫌音鈴と柵で方向を変える。各集落は被害報告を三ツ辻に送る。三ツ辻は月ごとに地図を更新し、必要な罠の位置を提案する」


 集会所が少し静かになった。


「三ツ辻が調整役になる、ということか」


 カジキが確かめた。


「はい。ただし、決定は三集落と共有します。三ツ辻だけではできません」


 ナルセが短く「良い」と口にした。「自分たちだけで決めないところが良い」


 ヤエがドウを見た。


「あなた、仲介役になってきたわね」


「なっている途中です」


「それでいい」


 ドウの手元で、筆先がわずかに震えていた。だが、声は震えていなかった。三ツ辻の食堂で評議会を始めた頃、ドウは全員の顔色を見ていた。今は、三つの集落の代表を順番に見ている。


 カイは、それに気づいて少し驚いた。


 ドウは場所に慣れたわけではない。慣れていないまま、座ることを覚えている。


「顔が少し戻ったね」


 スズが小声でつぶやいた。


「顔は戻るものなのか」


「ヤエさんが直ると言っていました」


「表情の話だ」


「わかっています。たぶん」


 また「たぶん」だった。



 評議会は長かった。


 昼食を挟み、夕方まで続いた。途中で、ハナが持たせた包み飯が役に立った。三ツ辻の五人とドウだけで食べるつもりだったが、隣の席のカネヅカの男に一つ渡したところ、「これは何の漬物だ」と聞かれ、リュウが説明を始めそうになった。


「短く」


 全員が同時に言った。


「発酵した根菜です」


「短すぎます」


「難しいです」


 この男に「短く」を要求するのは、川に「まっすぐ流れろ」と言うに等しい。短くすれば言葉が足りず、足せば止まらない。中間がない。


 評議会の最後に、議事録へ新しい項目が追加された。


 「三ツ辻拠点、危険生物共同管理の調整席として参加」


 ドウはその一文を何度も確認した。


「書き間違いではありませんよね」


「間違いではない」


 カジキがうなずいた。


「重いですね」


「軽い席などない」


 ヤエが立ち上がった。「三ツ辻は、もう三集落の中継所というだけではありません。第四の集落と呼ぶにはまだ若い。でも、席は持つ。そういう扱いです」


 ドウは深く頭を下げた。


 帰り道、スズが言った。


「ドウさん、席に慣れましたか」


「慣れていません」


「でも座っていました」


「座っているだけで精一杯でした」


「それも仕事ですか」


「たぶん、仕事です」


 ドウの「たぶん」は、スズのそれとは違う。わからないのではなく、決めきる前にもう一度考えている「たぶん」だった。


 カイは、ミナシロの集会所を振り返った。


 三ツ辻の席は、端に置かれた小さな卓だった。だが、確かにそこにあった。


 拠点が自分で判断する場所になっていく。その重さは、禁域の謎とは別の形で、三ツ辻に乗り始めていた。

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