第55話 B番号の地図を作る
ユズキが去った翌日から、カイとミコトは地図の作業を始めた。
食堂の隅に大きめの紙を広げた。三ツ辻を中心に、三集落の方向を描いた。標塔の位置を書き込んだ。そしてこれまでに発見されたB番号の構造物の位置を、記録できる範囲で書き込んだ。
B-7——三ツ辻から南に徒歩三十分の石柱。
B-6——ミナシロ郊外に発見された構造物。
B-4(父の記録)——三ツ辻から南南西、父の記録にある標塔付近。
末尾不明のB番号(ユズキの証言)——三ツ辻から南東へ四〜五日。
確認済みの点と、未確認の印が紙の上に並んだ。
紙の中央には三ツ辻があり、そこから南にB-7の点が下がっていた。ミナシロ側のB-6へは東寄りに斜めの線が伸び、父の記録にあるB-4へは南南西へ別の線が伸びた。ユズキの証言の点はさらに南東、紙の端に近い場所に置かれ、そこだけ点線で囲まれていた。
カイが紙を指で押さえた。「間隔を見てください」
ミコトが確認済みの点と父の記録の点を定規で結び、距離を計算した。「B-7とB-6の距離、約三十キロメートル相当です」
「B-4は南南西です。B-7とB-6を結んだ線とは、同じ直線上には見えません」
「ユズキさんが見たB番号は南東でした」
カイが端の点線を指した。「こちらはB-6の方向に近い。ただ、番号の末尾がわからない」
「一直線とは限りません」
ミコトが定規を置いた。「少なくとも、B番号は一列だけではない可能性があります」
「複数の列、または枝分かれですか」
「その可能性があります。標塔との関係を見ないと判断できません」
リュウが来て、地図を見た。
「B-5と、B-1からB-3はどこですか」
「わかりません。まだ発見されていない」
「父親のメモには他の番号がありましたか」
「B-7とB-6は確認済みです。父のメモにはB-4とB-5もありました。B-4は南南西の推定位置まで読めますが、現地ではまだ確認していない。B-5は読めない部分が多くて、カネヅカ付近の可能性までです」
「ナルセさんに聞けばいいんじゃないですか」
リュウが地図に指を置いた。「父親のメモを預かっていると言っていた。もっと詳しい情報があるかもしれない」
「そのつもりです」
カイがうなずいた。「ハラダに行く機会を作らないといけない」
「行きましょう、近々」
リュウが身を乗り出した。「薬草の採集も兼ねて。ナルセさんへの訪問と採集を同時に」
「評議会で調整しますか」
「そうします」
用事を二つ重ねる時、リュウの荷物は必ず増える。だが、その話は今はしない。
ミコトが地図の別の部分を指した。
「標塔との距離も計算しました」
ミコトが定規を動かした。「父の記録では、三ツ辻から南南西にあるらしい標塔——未確認ですが、B番号の石柱に近い位置にある。標塔と石柱の間の距離は約二キロです」
「近い」
「偶然ではないかもしれない。もし標塔と石柱が同じシステムの構成要素なら、隣に配置する理由があったはずです」
「表の構造と、地下の構造」
カイが二つの点を指した。「標塔が地上に出ているもの。石柱は地中に半分埋まっている。同じシステムが、地上と地下の両方に要素を持っている——そういう考え方はできますか」
「根拠がないと言えないですが、矛盾もない」
ミコトが地図を見た。「地図の上ではそういうパターンに見えます」
スズが来て地図を見た。ひと目見て「目が輝きました」とミコトが言った。
「輝いていない」
「輝いていた。リュウと同じ顔をした」
「リュウさんとは違います。観察しているだけです」
「どちらも同じに見える」
輝いていないと言い張るスズの目は、確かに輝いていた。地図に顔を近づける。
「あの——B-8はどこですか」
「B-8はまだ見つかっていません」
「B-7とB-6が一つの列にあるとすれば、B-8はB-7の反対側じゃないですか。三ツ辻の北側の方向」
ミコトが定規を当てた。「B-6からB-7への方向を延長すると——三ツ辻を通過して、北西の方向に行きます」
「北西、というのは」
「カネヅカより少し西寄りの方向です。カネヅカとミナシロの間」
三人が地図を見た。
「仮にその列が続くなら、B-8が三集落の間にある可能性がある」
カイが北西を指でなぞった。「もしかしたら誰かが既に見ている。でも気づいていない」
「地中に埋まっていたら気づかないです」
リュウが言葉を足した。「B-6もほぼ埋まっていて、霧の現象で気づいた。B-8があるとしても、何かの現象が起きていれば気づくかもしれないが——現象がなければわからない」
「あるいは」
スズが顔を上げた。「既にどこかで見ている。でも普通の石だと思っていた」
答えは、案外すぐそばに埋まっているのかもしれなかった。誰も、それを石だと思っていないだけで。
ガンが昼の巡回から戻ってきて、地図を見た。
「何をしているんだ」
「B番号の分布を整理しています」
カイが紙をずらした。「今わかっている場所を書き込んで、パターンを探しています」
「パターン」
ガンが地図を覗き込んだ。B番号の印と、標塔の位置が書いてある。「これ、標塔とB番号の距離が似ています」
「気づきましたか」
「俺も気になった。標塔が三本ある。三ツ辻からそれぞれの距離が——だいたい四十キロ前後だ。B番号の配置間隔とも似ている」
「ミコトが同じことを言っていました」
「俺が先に考えた」
特に主張するつもりはなさそうな口調だった。だが、しっかり主張していた。
「どちらでも構いません」
「スズが気づいた時の顔をしていた」
スズがガンを見上げた。「ガンさん、今そういう顔だった」
「どんな顔だ」
「全部繋がった時の顔です。目が少し細くなります。ガンさんだけの顔です、あれ」
「見るな」
「見てしまいます。見張りの訓練の副産物です」
「仕事に使え」
「使っています。ガンさんの顔を読んで、次の指示を予測しています」
ガンが少し黙った。「……役に立っているなら構わん」
「助かってる」
スズが満足そうにした。上司の顔色を読むことが正式な業務になっている斥候。三ツ辻では、それも立派な技能である。
「標塔がB番号の石柱と同じシステムなら——標塔も番号があるかもしれない」
ガンが北を見た。「誰か確認したことはあるか。標塔の表面に刻み目があるかどうか」
全員が黙った。
「……見たことがないです」
スズが首を振った。「触れていないし、近づいて観察もしていない」
「父親のメモには『標塔と石柱は同じ素材』という記述がありました」
カイがメモを思い返した。「石柱を叩いた音から推測したと書いてある。標塔を実際に叩いたとは書いていない。でも刻み目については書いていなかった。書いていないということは、見えなかったか、見ていなかったか、どちらかです」
「標塔に近づいて確認する必要がある」
ガンが腕を組んだ。「どれが一番近い」
「父の記録上では、三ツ辻から南南西にある標塔がB-7に一番近い。基部まで行くなら一泊以上の調査行になります」
「行けます」
スズが即答した。
「仕事として組み込めますか」
カイがドウに確認した。ドウが帳簿を見て「来月のハラダ定期連絡に組み込めます」とうなずく。「ナルセさん訪問と標塔確認を同じ行程に入れられます。ただし、通常巡回ではなく数日行程として扱います」
夕方、カイが地図を一人で見ていた。
B-7、B-6、父の記録にあるB-4。ユズキが見た南東のB番号。仮定上のB-8。標塔の位置。A-3が崩れた崖から出てきた場所。
父は何を見ていたのか。何を追っていたのか。
見つかったものは、いくつかの共通した規則を示していた。等間隔に、あるいは何らかの基準で配置された構造物が、三ツ辻の周辺だけでなく、もっと広い範囲に存在している。それが「システム」だとすれば、そのシステムは非常に広範囲にわたっている。
外部環境制御のサブノード、とB-7に書いてあった。「外部環境」を「制御」する。それが今も続いているとすれば、この世界の何かを、今もこのシステムが動かしているかもしれない。
動かしているのか、動かなくなっているのか。
カイにはわからなかった。
でも父は知ろうとしていた。そして何かを見つけた直後に死んだ。
わからないことが積み上がっていた。でも一つずつ、積み上がり方が見えてきた。
確定しているのは、B番号とA番号が複数あること。仮説なのは、それらが同じ広域システムとして配置されているということ。カイはその二つを、同じ紙の上で混ぜないように書き分けた。




